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『…で、ですよ』


「うん?」




いつもと何も代わり映えしない昼下がり。すっかり馴染んだこの海賊団の紅一点と過ごすティータイム。
のんびりした空気とは違って難しそうな顔をする咲来ちゃんの、相談役に抜擢されたらしい自分。




『ローさんに変に絡まれるのが多くなった気がするの。何とかしてよシャチ』


「とは言ってもなあ…仲良くなりたいだけだろ、船長も」


『わたしだって仲良くなりたい。時間も無駄にしたくない』




ちょっと話を聞いて欲しいと持ちかけてきたのは彼女から。もちろん断る気もなく、二人で過ごせるというのならそれはもう喜んで。
と思ったら話の内容がどうもノロケに聞こえて仕方ない、なんて彼女にはその気は全くないのだろうけども。


聞いたところ、どうやらやたら船長は咲来ちゃんに絡んでいるらしい。と言っても現場は何度か目にしているが。
あの人が風俗での暇つぶし以外でそんなことをするとはあまり思えないのだが、咲来ちゃんとなると話は別。表に出しているつもりはないのだろうけど彼女をこの船に留まらせようと必死なことくらい知っている。何しろあの人がプライドを捨てて頼んできたくらいだ。

頼んできたくせに結局自分で動いているという点に関しては黙っておくべきか。




『ローさんはエースさんの真似してるだけって言ってるんだけど…ローさんはもうちょっと自分が素晴らしく心臓に悪いイケメンなのを自覚した方がいい』


「そりゃ同感だな。男のおれでも船長はかっこいいと思う」


『自覚がないわけじゃないと思うんだけど…。あんな人にくっつかれたり、ましてや一緒に寝るだなんて、こっちの心配もして欲しいの』


「分からないんだろうなァ。ひとまずベタベタしときゃ仲良くなれると思ってるんだろ、船長は」




実際に火拳と咲来ちゃんがそれで仲良くなってるのを見ているからだろう。でも誰がやってもそうなるかと言われればそれは違う。たまたま、火拳と咲来ちゃんが仲良くなった手段がそれだっただけで。




『エースさんはもともと人懐っこいところありそうだから、何とか乗り切ったんだけど…それでも今も恥ずかしいよ。
本じゃローさんはそういう印象なかったけど実はそうなの?自分から絡んでくるタイプ?』


「いやいや、それはない」


『……でしょ?
わたしが得体の知れない人間で情報漏らしたくないのも外に出したくないのも分かるんだけど、そのために自分から仲良くなりたいなんて言う人じゃないでしょ…あの人ならそのへんシャチ達に丸投げしそう』


「…よく分かってんなァ、咲来ちゃん」




それはもうその通りで。意外と鋭い指摘に少し驚いた。
何も船に留まらせるだけならあの人以外でも動ける人間がいる。彼女の言う通り、一度は自分とペンギンに仕事を投げてきた。もともとあの人が得意そうな仕事ではないし。

それでも結局自分で動いてるのは――動く人数が多いことに越したことがないからか、おれらではやはり火拳相手に力不足だと思ったからか、それとも。




「また二人か?仲良いなお前ら」


「!ペンギン…」


『ペンギンとシャチも仲良いよね。よく一緒にいる』


「まあ同期だからな。邪魔してもいいか?」


「なーんでお前は咲来ちゃんと二人の時ばっかり来るかなァ」


「フフ。咲来の独り占めは良くないぞ?」




仕事が一区切りついたのか、自分達以外誰もいない食堂にやって来たのはペンギン。船長が昼間は滅多に来ないという理由でここを選んだが、こいつは避けられなかったか。

おれのあっち行けオーラより咲来ちゃんの隣にどうぞオーラが勝ってしまったらしく、遠慮なく入ってきたそいつは遠慮なく咲来ちゃんの隣に座って話を聞く。
悔しいが、相談役にはおれよりもこいつの方が向いていると思う。




「なるほどな…確かに船長、咲来に入れ込んでるところがあるよな」


「だよなー、侍らせてる女の子とはまた違うっていうか。やっぱ船に乗せるとなると違うよな」


「おれもそこだと思う」




おれの意見に同意するそいつは続ける。


一時的な滞在かもしれないが、船長はお前を船に乗せると言った。宴もやった。
ここが決定的に違う、と。

咲来は今新人クルーと何も変わらない。
入ったばかりの頃のおれらと何も変わらない、と。




「あの人は毎回入ったばかりの奴が早く打ち解けるように促してくれる…今回もあの人なりに頑張ってるんだろう。それが空回ってるだけだ。
お前は女の子だから、扱いがいまいちわかってないんだと思う」


『……』


「だから上手くいってる火拳の真似をしてるんだろう。それもまた空回ってるんだけどな。見てて面白いが」


「新鮮だよなあ今の船長。上手くいかなくてモヤモヤしてる。
なんせ落とせなかった女の子なんて今までいなかっただろうしなァ」




昨日から、いや一昨日からだろうか?
あの人が手探り状態で咲来ちゃんに絡みに行って高確率で撃沈しているのは。傍から見ていればわかるのだが、あれは「これから仲良くなりたい人にすること」じゃない。「仲良くなってから確実に落とす際にすること」だ。火拳はたまたまそれで上手くいっているが、それは火拳の人柄が手伝っているからで。船長も同じようになるわけじゃない。

何故なら、船長は火拳ではないのだから。




「そもそも咲来ちゃんは火拳のことが好きだしな。火拳の真似でも“いつも通り”でも上手くいかねェこと、そろそろ気付き始めると思うぜ」


「そうだな。フフ」


『…楽しそうね、二人共』


「別に楽しむつもりはないんだけどな…あの船長がうろたえてるから面白くて」


「バラされるぞシャチ」


「お前も一緒にな、ペンギン」




いつもクールな船長。誰よりも憧れている船長。
その人が女の子一人相手に振り回されているのがどうも面白くて、人間味を感じれて微笑ましい。

目が合ったペンギンもおれと同じような気持ちだと思う。




「あとはあれだなー、今なら船長に勝った気がする!」


『何に?』


「昨日船長がなー、」


「シャチ」




しっ。人差し指を唇の前に立てる相棒はにっこりと笑う。



“……シャチ”

“はい?何ですか船長”

“おれはどうして咲来に毛嫌いされると思う?”

“…は?”





『え?なになに?』


「フフ…なにも、あの人が頑張ってる理由はそれだけじゃないってことだ」


『え?』


「咲来ちゃんは気にしなくていいと思うぜ。バラされるとしたらおれらだし」


『バラされる…?』


「とにかく、これからも仲良くしようって話だ」


「よろしくな咲来ちゃん!」


『? うん…?』




首を傾げる少女。おれだって、紛れもなく彼女の不思議な魅力にやられた一人だ。






振り回される

(あの人の言葉を借りるなら、“悪くない”)




END.










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