44







人数が多かった。


あと少しで島に着くというのに、どこからか湧いてきた海賊共。海賊が海賊を見つけたら戦闘になるのは当然のこと。
それも数で勝っていると相手に思われたのなら、尚更。




「しっかしなんでこうも多いんだよ!」


「船のでかさからして仕方ないだろ!うちの倍は余裕だったぞ」




襲い掛かってくる敵を数人ずつまとめて倒していっているにもかかわらず一向に減る気配がない。向こうでは数十人単位で敵をなぎ倒す船長の姿。
人数こそ多いものの個々の力はそうでもない、片付くのも時間の問題だ。




「こっちは終わった、加勢する」


「あんがとさん!」




一仕事終えたらしいペンギンが助けに入ってきた。あいつは確か敵がやってきた側の担当だったから、もうほぼ倒し終わっていることを意味しているに等しい。

ちらりと船長の方を見れば床に散乱する喋る生首とバラバラになった胴体。ご愁傷様。




「うっし、ラスト!」




敵の懐深く入り込んで鳩尾を狙えば、特に深刻なケガも負わず勝利することができた。




「船長こっち片付きました!」


「ああ、お前ら先に後片付けしとけ」


「アイアイ」




“ROOM”発動中の船長は転がっている人間のパーツを顎で指して戦闘続行。頷いたペンギンと共にそれらをひたすら海へ放り投げる作業。こんなの咲来ちゃんに見られたら泣かれそうだ。

やってる間に周りの戦闘にも終わりが見え始めて、時間こそかかったが今回もアッサリだなと。
なんて思っている間に船長も終わったみたいで、生首ひとつ片手に後片付けを傍観。




「今回は随分と散らかったな…面倒臭ェ」


「量からして仕方ないっすねー」


「ちょっ、なん、だ、これ!?おれ死んでねェの、か!?」


「死んでねーけどそのうち死ぬだろうなァ。お前の胴体もどこにあるんだか」




船長の手のひらでポンポン跳ねる生首も見慣れたものだ。初期こそ怖かったものの。
“死の外科医”――誰がそう呼び始めたのか知らないが、よく似合っていると思う。




「着替えてから行くか?怖がらせそうだ」


「んー…そうすっかな。咲来ちゃんの服汚すのも嫌だし」




片付けが終わり次第、咲来ちゃんと島に着くまでのんびりするか。そう思って自分の部屋目指して方向転換。

一段落ついて落ち着き始めた空間で、突如その空気を打ち破ったのは仲間の声だった。




「船長!ガラス!割られてます!!」


「――!」




大きく手を振りながら大声で叫ぶのは遠くにいた仲間。
進めていた足が思わず止まる。




「さっきはうるさくて微かにしか聞こえなかったんですけど!今船右側の前から2番目の窓が割られてるの確認しました!!」


「…!! シャチ、ペンギン!」


「「はい!!」」




弾けたようにドアを目指して走り出す。出入り口の位置からして、そこに一番近いのはおれらだった。

示されたのは付近に足場のない船前方の窓。敵は反対側にいたはず、誰も気付かなかったとすれば潜水能力を持った人間でもいたのか?
積んである宝はもちろん鍵のかかった場所に厳重保管しているし、他に盗まれるようなものもない。盗まれたところで船外に出て来た時点で一網打尽だ。でも今回は違う。




「船内が荒らされようがどうでもいい!咲来最優先だ!!」


「分かってらァ!!」




先に船内へ入ったペンギンを追いかけて全速力で駆け抜ける。ベポの言う通りならまだあの場所にいるはず。
心臓が急速に早くなったのは気のせいではない、額に冷汗が伝うのは久しぶりの感覚だった。




――




「咲来!!」


「!? チッ…!」




半開きのドアを思いっきり開け放つペンギンのその横顔でなんとなく事態を見る前に察した。

視界に入ったのは知らない男一人。そしてその後ろに咲来ちゃん。
あの程度の実力の敵が一人なら勝率は限りなく100に近い。




「お前のお仲間はもう一人残らず倒した。諦めて出て行くんだな」


「くそ、もうやられたのかよ!?」


「その通りだ。分かったら大人しくしろ」




ペンギンの言葉に明らかに動揺を見せる男。恐らく実力差は分かっているだろう、しかもこちらは二人掛かりだ。
それでも人質を取られている以上、下手に動くことはできない。




「けっ…この女一人じゃ船長の首にゃならねえだろうしなァ……せっかくお高い賞金首に出会えたと思ったのに」


「……分かってるなら咲来を離してさっさと出て行け」




あくまでも淡々としているペンギンの態度。おれも動揺を見せるわけにはいかないのだが、咲来ちゃんの首元にちらつくナイフが揺れるたびに心臓が跳ねる。
彼女はただただ声も出さずに、顔面蒼白でその小さな体を縮めていた。




「この女と引き換えにおれを逃がすくらいはしてくれるか?」


「無意味な問答だな…お前が咲来を無事に解放する保障と、おれらがお前を無事に逃がす保障は同程度だ」


「お前にそれ以上の好条件があんのか?何もしなけりゃ助かるかもしれねーぜ」




相手からすれば無事に逃げられることが最上位だ。それ以上なんてない。
ここで殺されるか、ボコされた上で海に放り込まれるか、人質解放を条件に見逃してもらうか。最後の条件がいいに決まってる。




「見逃してくれるんだな?」


「…そうだな。大人しく返してくれるならそうしよう」


「交渉成立だな。守れよ?何か変な素振り見せやがったら…その瞬間こいつを殺す」


『……、いっ、…』


「「…!!」」




細い首にあてがわれたナイフがグッと白い肌に食い込む。その際ナイフが若干左右に揺れたせいか、一筋の赤い線ができた。
滲み始めた血に思わず顔を顰める。咲来ちゃんに万が一のことがあってはいけない。

いっそのことこいつの頭ぶち抜いて、今すぐ撃ち殺してしまおうか。
でもそんなことをしたら咲来ちゃんの精神面にかなりのダメージを与えることになる。本物の銃を見たこともない彼女にそんなショッキングな場面を見させたらそれこそトラウマ確定だ。何か良い方法はないのか。




「…よし、じゃあお前ら後ろに下がれ…廊下に出た瞬間にこいつを――」


「――お前…うちのクルーに何してる?」


「「!」」




“ROOM”

聞き覚えのある単語と見覚えのある青いサークル。
逃げることしか考えていない男がそれに構う素振りはない。


こつり。
今しがた到着したうちの船長が今どれだけ不機嫌かなんて、多分おれらくらいにしかわからない。




「お前がトラファルガー・ローか!この女を無事に返して欲しけりゃおれを…」


「悪ィな…お前はもう無事にここから出られねェよ」




――“シャンブルズ”。
たったその一言だけで、咲来ちゃんの体と船長が持っていたらしいガラスの破片が入れ替わる。




「………は?え?」


「シャチ、ペンギン。あとは任せる」


「「了解」」




まだ動けないでいる咲来ちゃんを抱きかかえて颯爽と立ち去る我らが船長を見送りながら。
未だ状況が飲み込めない男を前に、指の骨をパキパキと鳴らした。






許す気は更々ない

(…相手が悪かったなァ?)




END.










<<prev  next>>
back