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いつもより視界が随分と高い。
エースさんに抱えられたまま廊下を進む。彼の足音だけがコツコツと鳴り響く、静かな廊下。
騒ぎはもう遠く彼方だった。最後に視界に入ったローさんは、切れた唇から血こそ滲んでいたものの無表情だった。
『(…痛い、)』
胸が痛い。怪我をした首なんかよりもずっと、胸の奥が痛い。
敵船に襲われて、普段ならきっと何事もないはずだったのに私が怪我をした。それが原因で二人を傷つけた。
私がここにいるから。それが全部悪い。
そしてたとえそうだとしても、そう分かっていても、この人達と一緒にいたいと考えてしまう自分が、
何よりも悪くてずるくて、憎い。
部屋に到着して、両手がふさがっている彼が足でドアを蹴り開ける。
乱雑に開かれたドアがバタンと音を立てて壁にぶつかった。
完全になすがままの私はこの後どうなるんだろうとまるで他人事のようにぼんやり考える。
そのまま行き着いた先は、少し久しぶりに感じられるその部屋のベッドだった。
「……咲来」
『…、なに?』
ベッドに私ごと腰掛けたエースさんは私ごとベッドに倒れこむ。
必然的に向かい合って寝転がった視界の先で、彼はゆっくり瞬きをすると私の頭を撫でた。
「何で…言ってくれなかったんだ?」
怪我のことだろうとはすぐに予測ができた。
返答の言葉もなんとなく自分の中で浮かんでいる。でも口に出すことは憚られた。
自惚れているといえばそうだろう。これは完全に自惚れなのだから。
いつからだろう、自惚れが確信に変わったのは。
「………、分かってるよ…。
さっきみたいになると思ったんだろ?」
『……』
「トラ男のこと気にしてたんだよな。咲来、優しいから」
何も返すことは出来なかった。
私の無言を彼は肯定と捉えたようで、それ以上何も言わなかった。
『エースさんは……わたしのこと、少し心配しすぎだよ…』
いつからだろう。自惚れだけじゃないって感じ始めたのは。
彼が世話焼きなのは元の性格からくるものだろうし出会う前から知っていた。
初日からずっと面倒を見てもらった。それはもう、十分すぎるほどに。
途中からなんとなく気付いていた。彼の心配性が少し行き過ぎたものだと。
そう形容するにはおこがましいしそれこそ自惚れだと言われるだろうが、悪く言えば軽い依存。
毎日のコールの度に言われた。何か変わったことはないか、大丈夫か、なるべく早く帰るからな、と。
それだけで決定打にはならなかったが、きっと私はさっきの件で確信したんだろう。
心配してくれるのはありがたいしとても嬉しい。でもそれが原因で問題が起こるとするなら、私も考える必要がある。
「なんでだろうな…自分でもおかしいと思うくらい、咲来のこといつもすげェ心配してる」
『……』
「さっきのも気付いたら手が出てた。トラ男も咲来のこと大事にしてるって、分かってたのに」
そう言ってエースさんは嘲笑気味に笑う。
――どうしてだろう。
『どうして…そんなに、大事にしてくれるの?』
何もしてあげられてないのに。私がただ、一方的に世話になってるだけなのに。
「…、分かんねェ」
『……』
「頭より先に…体が動いてるから……」
――どうして。
どうして、エースさんがそんな表情をするの。
ただ、
貴方がそうやって苦しそうに笑うから、
私はまた、いけないと分かりながら「ここにいたい」と思ってしまう。
葛藤
(そんな顔、しないで)
END.
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