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ローさんには後で謝りに行こう。
きっと今じゃまだ、お互い頭が冷えていないから。
そう言って私はエースさんを連れ出して街へ乗り出した。途中、船員さんにはそのことをしっかり伝えて。
正直、今だけはあの船に居座るには空気が重過ぎる。
時間が流れたら少しはマシになるかもしれない。
「咲来、欲しいものは?」
『特にないよ』
「遠慮すんなよ。金ならあるから」
ご飯が美味しそうだったと紹介されたお店で夕飯を済ます。
それからは二人で街を見て回った。
生活用品はひとまず足りている。服なら着回せばいいし、化粧品もそんなに消費の早いものではないし。
そう言っても服なら多くて損はないぞ、だなんて言いながらちょくちょく女物の洋服屋さんの前で立ち止まるエースさん。この人はこんなに気の遣える人だったっけと原作の彼を重ねる。
好きなのに知らないことはまだまだ多い。
「咲来ならこれとか……ちょっとでかいか」
『…ふふ』
見た目にそぐわないピンク色の服を手にとって私に合わせてくるエースさんに思わず笑ってしまう。
そういうのに疎そうに見えるけど、なんだかんだネックレスやブレスレットもつけてるし帽子もかわいいし、実はそんなでもないのかもなんて。
傍から見たら仲の良い兄妹くらいには見えるだろうか。
『そろそろ…戻ろうか』
傾いてきた日を横目に、繋いだ手の先のエースさんを見上げる。
昼間、ローさんを殴った時のあの恐怖にも似た雰囲気はもう微塵にも感じなかった。
――大丈夫。今なら、戻れる。
『…?
どうしたの?』
「……、イヤ」
体は帰る方面を向いたものの、きょろきょろと周りを気にする彼に首を傾げる。
聞いてみれば「何かいる」と、私にはやや理解しがたい返事。
いるって、一体何が。
そう思った矢先だった。
『…!!』
視界の先。人混みの中、背の小さい私が遠目でも分かったのだから相当目立つと思う。
そのシルエットには見覚えがある。飛び抜けて高い身長に、特徴的なふわふわした羽織り物。
ここに来て十日――初めて見た、エースさんやローさん達以外で漫画の中に出てきていた人物。
『ドフラミンゴ…、』
「!」
反射的にエースさんの手をぎゅっと握った。
私の反応に彼も反応する。
「フラミンゴ?」
『……ドフラミンゴ。
七武海の…いや、でもまだ違うかも知れない…わかんない……』
「七武海?あァ……昔誘われて蹴った記憶があるな…道理で」
――この街に似合わねェ気配がしたと思ったんだ。
漫画で七武海なのは知っているが、時間軸がいまいちわからないためもしかしたら違うかもしれない。しかしエースさんの年齢からして七武海である可能性は高い。
ここが凶暴な海賊で溢れるような物騒な街じゃないことくらい歩いていればわかる。
なんでこんなところに。
『逃げたほうがいいんじゃ…?』
「すれ違うだけだろ?気にすることはねェと思うが」
彼がここにいる理由なんて知る由もない。偶然出会ったにしては確率が低いと思うが。
エースさんやローさんの時のように特別会いたかった人でもない、むしろ海軍側と捉えるならその辺にいる海賊以上に敵同士。
心配事があるとすればエースさんが有名人であることだが、漫画と同じで顔まで知っている人は案外少ないらしい。
確かに街中ですれ違うだけだし、このまま静かに通り過ぎれば――…。
「はぐれるなよ」
『…うん』
人混みの中、エースさんの右手を自分の左手でぎゅっと握る。
妙な胸騒ぎは感じていた。
「――なァ、お嬢ちゃん」
一際目立つピンク色。
すれ違う瞬間、隣でふわりと風が舞った。
「何か落としたぜ?」
聞き覚えのある低い声が、私達を引き止めた。
嫌な予感は当たる
(えっ…)
END.
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