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「さあ、好きなもの頼め」




適当に入ったカフェの中、異様な雰囲気を醸し出すその人からこの店のメニューを受け取る。
小さなテーブルに席はふたつ。当然のように向かい合わせだが、目を合わせるのはまだ怖い。




「そういえばまだ名前聞いてなかったな、お嬢ちゃん」


『…天羽咲来です』


「咲来か。おれのことは知ってるか?知ってそうな顔だったが…」


『……ドフラミンゴ、さん』


「正解」




癖のある低い声がフフフと喉を震わす。改めて「好きなもの頼めよ咲来」と言われて、とりあえずメニューを開く。

街にあった、少しおしゃれなごく普通のカフェ。店内は人で賑わっていて、大事な話をカモフラージュするにはちょうど良いのかもしれない。
ドフラミンゴさんの先に見えるのがエースさん。さっきからとても不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけている。




『じゃああの…ホットココア、を……』


「ん?そんなんでいいのか?どうせならクリームでも載せとけ」


『じゃあそれで…』


「ついでにケーキでも頼んでおけ」


『は、はあ…』




店員さんを捕まえて自分の分であろう紅茶を頼むと、「これとこれとこれ」とやたらいろんなものを頼み始めるその人。
なんとなくこちらから話しかけるのが怖くて、彼の次の言葉を待った。




「フッフッフ…しかし驚いたな。噂では聞いてたが、まさか会えるとは」


『え…』


「帰りたいんだろ?」




――その国に。




『やっぱり……知ってらっしゃるんですか、…』


「フフ…ああ、知ってるさ。
いいか咲来、もうここでその国の名前を出すなよ……見つかったら大変だ」


『へ?』




「お待たせいたしました」と店員さんがやってきたのを見て、私達は一旦会話を中断する。
しっ、と彼は長い人差し指を立ててその唇に寄せた。

目の前に置かれる生クリームの載った温かいココア。
続いて差し出されたのは頼んだ覚えのないショートケーキと、数枚のクッキーが載ったお皿。




『あの……』


「お前の分だ。甘いの好きだろ?」




そんなこと言った覚えはないけれども。よく見れば彼の目の前にもチーズケーキがひとつ。
相変わらず口角を上げて話すその人はどこか楽しそうで、ずっと感じていた怖さは少しずつ薄れていた。

紅茶を一口だけ飲んだ彼は話を再開する。




「この話はおれとお前だけの秘密だ。もし火拳に言ったんなら早急に口止めしとけ…漏れた場合、お前の命に関わる」


『えっ…』


「分かるだろ?お前はここじゃ特殊な人間だ…その価値については、そのうち分かる。今はただ身を隠していれば良い」


『ドフラミンゴさんは…その、その国への行き方は知ってらっしゃるんですか?』




甘ったるいクリームの味が口全体に広がる。緊張を誤魔化すようにスプーンでカップの中身をくるくるとかき混ぜれば、白いクリームはいくらか溶けてココアと混ざり合った。


ぱちり。
その時初めて交わった視線に、心臓が波打つ。




「――ああ。知ってるさ」




どくん。

自分でもハッキリわかるくらいに、鼓動を感じた。




「教えて欲しいだろ?」


『は、はい、ぜひ、』


「フッフッフ……おれのこと知ってるんだろう?咲来。
当然、タダで教えるつもりはない」


『…わたしにできることだったら』


「何でもするか?……良い子だ」




サングラスの奥で目を細めていそうだなって、頭の中でぼんやり考える。
笑い方がいくらか優しくなった気がするのは気のせいだろうか。

この人の性格は知っている。ここのところ漫画ではよく見かけていた。
自分にとってプラスになるもの以外にはとても冷酷で残虐な、目の前のその人。


次の瞬間突きつけられた“条件”に、思わず私は口を閉じてしまうことになる。




「おれと一緒に来るなら――考えてやろう、咲来」






お誘い

(え、……)




END.









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