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「ふーん……」




カフェを出て、エースさんと一緒に帰り道。隠しきれていない彼のフキゲンには残念ながら対処できそうにない。
あれからしばらく話してはみたけど、ドフラミンゴさんから聞き出せた情報は少なかった。




『何で知ってるのかはわからないけど、わたしの住んでる国のことと、わたしみたいな人間の存在は知られてた。
それと…帰り方、も』


「……で、咲来は帰んのか?」


『…帰り、たい』


「………」




彼に言われた“条件”に、さすがにその場で頷くわけにはいかなかった。
着いて行ってみたい気持ちはあるが、正直な話、あの人が簡単に帰らせてくれるとは考えづらい。何かしら裏があるだろう。そもそも本当に帰り方を教えてくれる気があるのかどうか。

それにここまでお世話になっているエースさんとローさんの許可なしで勝手な真似はできない。
そしてそれが一番の問題でもあった。




「…おれは帰って欲しくない」


『………』


「咲来を困らせるのは分かってる。でも帰って欲しくない、おれは」




繋いだ手に力が加わるのが分かる。
私は今からこの人とあの船の船長、両方から許可を取らなければならない。許可というより了承というべきか。
一方的に世話になっているのだから、了承を得てちゃんとお礼を言ってから帰りたいところ。




『わたしも…本音を言えば、まだ帰りたくない』


「……」


『帰りたくないよ…でもいつかは帰らなきゃいけない。
あの人が帰り方を本当に知ってるなら、わたしはそれを聞いておくべきだし、今すぐじゃないにしても、わたしは近いうちに帰るべきだと思う』




本来ここにいるべき人間ではないのだから。理由なんてそれだけで十分だった。
ついこの前身を持って体験した。部外者という言葉がよく似合う。




『今日のことは船に戻ったらみんなに話す。帰るとか帰らないとか、そういうのもまた改めて考える。
帰り道が存在するかもって、その可能性を得られたのはすごく大きい……ちょっと安心した』




ドフラミンゴさんからは彼の電話番号を教えてもらった。「その気になったら連絡しろ」、と。
考える時間ならある。帰る方法が具体的に存在するなら、それはつまり実行するまではここにいるということ。
情報量として少なかったとはいえ、得たもの自体はかなりのものだった。




『とりあえず…帰って謝ろっか。ローさんに』


「言っとくけど、殴ったことは謝らないからな」


『何でもいいからとりあえず謝ろう。この後また顔合わせるんだから…』




昼間を思い出して軽くため息。
「へいへい」と、あからさまにだるそうな返事を彼は寄越した。




――




「…おかえり、咲来ちゃん」




日もすっかり落ちて暗くなった頃に船にたどり着いた。
出迎えてくれたのはシャチ。他の人から出かけることは聞いていたのだろう。

隣に立っていたエースさんを視界に入れるなり彼はちょっと眉を顰めた。
気まずいのはローさん相手だけじゃない。この船に乗ってる全員だ。




『ただいま。ローさんいる?』


「船長なら、部屋」


『そっか。ありがとう……シャチ』




エースさんから手を離してシャチに駆け寄る。
「ごめんね」と小声で彼に謝ると、彼は少し驚いていた。




『今から二人でローさんに謝りに行くから』


「…咲来ちゃんが謝ることねえのに」


『ううん。元はわたしが悪いから。それに…好きな人たちが気まずいのは、イヤだよ』


「……、そっか」




「咲来ちゃんらしいな」と頭を撫でられた。みんなとこのまま気まずいなんて嫌だ。それにそんな時間はない。
また後で、とシャチに別れを告げてからエースさんの元へ戻る。




『行こう』




足取りが重そうな彼を半ば引きずるように、船内へと引っ張った。




――




『ローさん、ただいま』




コンコンとドアをノックする。夜とは言えどまさかあの人に限って寝ていることはないだろう。

部屋の中から足音が近づいてきて、ゆっくりとドアが開く。




「ああ、…」


『ローさん、…怪我は、』


「これくらい何ともねえよ」




顔を出した彼の顔には特に治療の痕跡はなく、普段通り。
ただまだちょっと赤く変色していて、痛々しい。

ドアの横に待機させていたエースさんがこのタイミングで私の後ろまで出てきた。
顔を合わせた二人はただただ、無言。


先に口を開いたのはエースさんだった。




「……悪かったな」


「………」


「殴ったことは謝らねェ。咲来が怖い思いしたのは事実だからな。
でも何も聞かずに殴ったことは、悪かったと思ってる」




案外あっさり謝ってくれて、内心ホッとした。
これで少しでも状況が良くなってくれることを願う。




『わたしからも…ごめんなさい。わたしのせいで……』


「……。
おれのミスで咲来に害が及んだのは事実だ…別に謝ってほしいとも思わない。
この一件は忘れろ。仲間を危ない目に遭わせた、その事実だけ次に活かせればそれでいい。
要件はそれだけか?それなら…」


『あ、ローさん、わたしみんなに話したいことがあって』




さっさと扉を閉めようとするローさんを制止する。
なるべく早いうちに話しておきたい。

出来れば全員に話したいとお願いすれば、ローさんは頷いてから「食堂に来い」と部屋を出た。






安心と不安が募る

(……、何だ?)
(…何でもない)




END.








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