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「おれも咲来ちゃんとデート行ぎだいぃー……」


「仕方ないだろ、今咲来と一緒にいて問題ないのが火拳だけなんだから」




仕事の手伝いをして、船で遊んで、夕方はまたエースさんと街へ繰り出すことになった。
努めていつも通りに過ごしていたせいか、昨日までの重い空気はだいぶ薄れたような気がする。また戻ってきた明るい雰囲気にいくらか安心した。

ドフラミンゴさんへの返事は“保留”のまま動いていない。ローさんから「信用するな」と釘を刺されたし、彼の言う通りもっと別のルートから情報を仕入れた方が安全な気がする。
少なくとも何の保証もない中自分単体で着いていくような真似は怖くてできないし、二人からの許可も下りそうになかった。


エースさんに横抱きにされて船から飛び降りて着地する。
「デート行こうぜ」と、屈託ない顔で笑う彼からのお誘いに断るという選択肢はなかった。
彼が“デート”というものが何なのか分かっているかは謎だけども。




『(こういうことができるのも、あと何回なんだろう)』




徐々に現実味を帯びてきた「帰り道」。帰れると決まったわけではないけど、帰れるかもしれないということが分かっただけで、もう気分はすっかりそういうものになっていた。
私はあとどれくらい、この人と過ごせるのだろう。




「今日は昨日回ってなかったとこに行こうな」


『うん!』




差し出された手を掴む。
風ではためいた白のワンピースは、この人に買って貰ったものだった。




――




「そろそろ帰るかー…」


『もう真っ暗だね』




見上げれば美しい星空。こんなに綺麗な夜空を私はいつぶりに見ただろうか。

結局今日はドフラミンゴさんと鉢合うことはなかった。もう島を出たのか、単にすれ違わなかっただけなのか。
念の為この島ではエースさんとしか行動しないことにしていたけど、今日は必要なかったらしい。




「えーっと、確か船は…」


「ねえお兄さん、ちょっと遊んでいかない?」


「……あ?」




エースさんが方角を確認したその時、不意に後ろから若い女の人の声がした。




「! あら良い男…ねえ、どう?」




綺麗な着物を着崩したその人は、声の通り若いお姉さんだった。
巻いた髪には簪、唇には夜の街でもわかるくらい真っ赤な口紅。
文句なしに綺麗なお姉さん、だった。


何の気なしに通り過ぎたけど、よくよく見れば彼女の背中側にはちょっと怪しい夜の街。
おそらくどこかの店の客引きのお姉さんだろう。




「お兄さんなら特別にサービスするわよ。いいでしょう?」


「……あのな、おれ今から帰るところだし咲来連れてるから。興味もねェし」


「咲来?…妹さん?いいじゃない、先に帰ってもらえば」


「咲来は妹じゃねえよ。くっつくな!」




私と繋いでる方と反対側のエースさんの腕にまとわりつき始めるお姉さん。エースさんが困ってるのに、助けたいのに、彼女役すら演じられない自分が悔しい。だってどう考えてもこのお姉さんの方が私より綺麗だから。

上機嫌で遠慮なくベタベタする名前も知らないお姉さんに、私はただただ隣でオロオロするしかなかった。




「お前いい加減に……」


「せっかく夜なんだから、大人の時間を楽しむのも良いと思わない?
その子と遊ぶよりずっと楽しいと思うわよ?お兄さん良い男なんだから、勿体無いわ」


「…!」




突如、ぐいぐい引っ張るお姉さんの手を払い除けたエースさん。
彼の雰囲気が変わるのを感じたのは、つい昨日ぶりか。

まずい。




「今お前、咲来のこと悪く言ったのか?」


「え?……っきゃ!」


『!!』


「何も知りもしねェくせに…」


『エースさん、女の人に暴力はダメ……!
わたしなら大丈夫だから、もう行こう?ね?』




怖い顔でお姉さんの胸倉を掴んだ彼に慌ててストップをかける。お姉さんの小さな悲鳴で、周りにいた人は一斉にこちらを振り返った。
こんなところで暴力沙汰はまずいし、女の人に暴力はもっとまずい。


エースさんの威圧が効いたのか、お姉さんは黙って奥の通りへと去って行った。




「邪魔しやがって……」


『…遊びたかったら、わたしに構わなくて良いからね…?』


「はあ?だーれが好き好んであんなとこ行くかよ。
だいたいな、咲来も何で黙ってんだよ!もっと言い返せよ!」


『うー…ごめんなさい、だってお姉さん綺麗だったんだもん……』


「あのなー…お前可愛いんだからもっと自信を……」




多少ざわついたものの、数分で元のように静かになるまばらな人通り。
お姉さんが逃げて行った先で、何故か聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。




「…ん?」


『………、』




どうやら気のせいではなかったらしく、エースさんが後ろを振り返る。
見なければ良いものを、一緒になって振り返って思わず目を細めてまで確認してしまった。


酒が入っているのだろう、夜にもかかわらず上機嫌で騒ぎながら道を行く“彼ら”。
かなり距離があるけど、通りの真ん中辺りにある怪しいお店の前で若いお姉さんを侍らせて歩いていたのは、

よく見知ったつなぎと黄色いシャツを着ている数人の男達だった。






知らない方が幸せなこともある

(…あいつら……)
(……行こうか、エースさん)




END.







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