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「いいのか?放っといて…」
『だからいいって言ってるじゃん……ほら気付かれる前に早く…』
「…だって泣いてんじゃん、お前」
『何でもないから』
明らかな「ここから先はお子様立ち入り禁止です」ゾーンの先、見覚えのある男グループを見つけた。
遠目でも見れば分かる。世話になってるとこの海賊団船員が三人と、その船長一人の四人組。
大方買い出しついでに酒でも飲んで、今に至るといったところか。
文句の一つでも言ってやろうと思ったが、隣の咲来はおれの腕をぐいぐい引っ張って船に戻ろうとする。
見なかったことにしようとしているのだろう。お互い知らないフリをした方が良いこともある。
『…!!エースさん、逃げるよ!』
「えっ!?お、おう!」
あーだこーだしている間に、向こうの一人がこちらに気付いたらしくそれに伴って全員がこちらを振り向いた。
そのすぐ手前で、さっき追い払った女とそのお仲間らしき数人が集まって何やら言い合っている。なるほどバッドタイミング、その騒ぎのせいで偶然こちらを向いたのか。
咲来は目元を手の甲で拭うとおれの手を掴んで走り出した。
「咲来、おれが抱えて走ってやる。掴まれ」
『!』
――泣きたいなら泣け。
頷いて反転した咲来の体を、下から持ち上げるように抱きかかえて走り出した。
――
船には向かわなかった。
細い道をいくつも曲がって、ある通りの角に見つけた小さなカフェの前で足を止めた。
店内に数人の客がいるのを確認して、外の誰もいない席を指定する。飲み物とデザートのページに載っていたパフェを頼んだ。
注文を受けて店へと消えた店員を見送るなり、咲来が一言、「バカみたい」と呟いた。
『そうよね!だいたいわたし何で泣いてるんだろ!わたしがローさんの何だっての!!』
擦ったせいなのか彼女の目が赤い。
パチンと両頬を手のひらで軽く叩いた咲来は「ありがとう、もう大丈夫」と笑った。
その顔は吹っ切れたように見せかけて、でもまだどこか泣きそうで。
いかがわしい店の前で、知らない女を数人連れて上機嫌だった“あいつら”。
おれ達が出かけている間に彼らも出かけたようだったが、まさかあのタイミングで鉢合わせるとは思っていなかったのだろう。
あいつら全員、見つかった瞬間に揃って「ヤバい」みたいな顔しやがって。そう思ってるなら最初からするなって話だ。
特にシャチなんか絶望をそのまんま貼り付けたみたいな顔をしていた。
しばらくして頼んだものがテーブルに並べられる。
普段なら絶対頼まないであろうチョコレートパフェをスプーンですくって、咲来の口へと運ぶ。
咲来の中であいつらの好感度はガタ落ちしただろうか。もしそうなら、咲来には悪いがおれにとってはチャンスなのかもしれない。
「なァ咲来、おれにしちまえよ」
『え?』
「おれなら…お前にそんな顔、させねェから」
“おれのとこに来いよ”。
そう改めて誘ったのは、初日以来。
お前を泣かせるような奴のとこなんてやめて、おれのとこに来ればいいのに。
帰る道だっておれが探してやる。もちろん帰って欲しくはないけど、お前がそれを望むなら、探してやる。
別にトラ男だけが頼りじゃない。あいつらだけが事情を知っているわけではない。
『……ありがとう…』
もう全部、おれに任せてしまえばいいのに。
いっそのこと無理矢理にでも連れ出してしまおうかなんて、そう思ってみても。
泣きそうな顔で笑う君が、またおれの動きを止めてしまう。
「――探した」
だからおれは、お前が嫌いなんだ。
「どうもおれは、お前に嫌われるのが得意らしいな…」
『…っ、ロー、さん……?』
「…何だよ、今更」
咲来の座る椅子のすぐ後ろの小さな道から、やや小走りで現れたのは紛れもなくさっきあの場所にいたトラ男で。
ふわりと咲来を背中から抱きしめるように収めるそいつに眉を顰める。ここはそんなに目立つ場所じゃない――街中を手分けして探してたのか?
鼻をくすぐったのは女物の香水の香りで、そんな奴が咲来に纏わりついているかと思うとたまらなく不愉快。
さっさとどけよと視線を飛ばしてみてもトラ男が動じる気配はない。
「咲来ならおれが連れて帰る。お前みたいなのと一緒に置いとけるかよ。
帰りたいって言うんなら、帰り道もおれが探す。それでいいだろ?」
「……、だから、戻ってきたんだろうが」
「あ?」
「お前がそうするだろうと思ったから、戻ってきた」
もともとの身長差が相当ある上に咲来が座っているものだから、その体勢は中腰どころではない。
半分のしかかるようにして乗せられた体重と肩に回る腕に咲来は戸惑いながらも何も言わない。
「………ハァ……。
やめればいいんだろ……」
『……!』
「別に好きで遊んでるわけじゃねェよ……暇つぶしだ。勝手に向こうが寄ってくるだけだ」
『………』
「さっきのも振り払ってきた。今後はもう一切やらねェ。他に何か文句はあるか、居候」
『……、ない』
咲来の頭に顎を乗せながら淡々と話す彼の服の袖を咲来はきゅっと握り締めて。
ああ、本当に気に食わない。
「……ちぇ。チャンスかと思ったのに…」
「残念だったな…そう簡単に面白い人材は手放せねェさ」
咲来さえこいつを嫌ってくれれば、あとは何も問題ないのに。
おれの言葉を聞いたトラ男がくつりと喉の奥で笑う。
一体こいつはどこまで本気なのだろう。
「次はねェぞ?
咲来、ひとくちもらう」
『…あ!エースさん、食べるならこっちのスプーン……』
溜息を吐きながら、トラ男の次に視界に入れたのはすでに半分ほど無くなっているパフェ。
滅多に食べることのないチョコレートソースとかいう甘ものを口の中に放り込んだ後で気付く。
時すでに遅し、使われていないスプーンをこちらに差し出した動作の途中で咲来はおれを見ながら固まった。
「……あ、………ご、ごめん…」
『…い、いい……けど…』
何も考えていなかった。右手に持っていたスプーンで、何も考えずにパフェを食べた。
つい先ほどまで彼女にそれで食べさせていたことなど全く考慮せずに。
舌に生クリームの甘みを感じる頃ようやくその意味に気付いて、赤くなりだす彼女と同じように視線を逸らす。
やべ、やっちまったなんて。でもそれも一瞬で、不意に彼女の手からもうひとつの方のスプーンを奪ったトラ男に視線を戻した。
「ん」
『んっ……!?』
「…!!」
奪い取ったスプーンに素早くクリームを掬ったかと思えば彼女の口に突っ込む。
そして立て続けにもう一回クリームの塊を乗っけて、自分の口へと運んだトラ男。
ご丁寧にスプーンを舐めとった彼はパフェの甘さに少々顔を歪めていた。
『なんで張り合うの……』
「…なんとなく?」
負けた気がしたから、と言うトラ男に勝ち負けなんてないでしょと返す咲来の顔が暗がりでもわかるくらい赤い。
口元を手で覆って目を泳がせる咲来に、震えだした拳を机の上で握り締めれば二人は「何だ」とでも言うようにこちらを向いた。
「お、お前らなァ……!!」
おれの目の前でいちゃつくんじゃねー!!
(いっ、いいいいちゃついてないし!?落ち着いてよエースさん…!)
(……目の前じゃなきゃいいんだな?)
(は!?だめだー!だめだだめだだめだだめだー!!だめ!!)
(…お前の保護者はうるさいな……なァ、咲来)
(あんたら二人とも心臓に悪すぎる………)
END.
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