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「今のおれの気持ち分かる?」


「今すぐに死にたいって顔してるな」


「…何で分かんの?」




目の前で書類を片付けているペンギンにそう聞けば、「顔と態度に出てる」と声だけで返された。


次の日まで酒が残るようなレベルで飲んだのは久しぶりだった。
案の定、二日酔い。頭が痛いったらありゃしない。
でも多分、これは酒の他にも原因がある。むしろそっちの方が関わってたりして。




「何でよりによって咲来ちゃんに見られちまうんだよぉ〜……」


「そんなに狭い街じゃないんだがな。運が悪かったな」




あんなに酔っていたのに記憶は鮮明に蘇る。
何の気なしに立ち寄った風俗店の並ぶ通りで、傍から、特に女の子から見たら最低であろう場面で偶然出くわした居候二名。
別に片方はどうでもいい。もう片方が問題なのだ。




「絶対嫌われた…おれもうムリ……」


「咲来というよりは火拳が思いっきり嫌な顔してたな。朝起きたら前にも増してガードが堅くなってた」


「咲来ちゃんは気遣ってくれてるだけだろ…。船長ですらギクシャクしてた……」


「おれみたいに船で待ってりゃ良かったのに」


「ハッ…お前まさかこうなるのを見越して…!」


「ハハ、まあな」




普段通りならばペンギンもあのメンバーに紛れてるのに、昨日に限って来なかったのはそのせいか。今更納得した。
おれもそうすりゃ良かったと頭を抱えたのを見て、ペンギンは少し重たそうに口を開く。




「単純に…今はそういう気分になれないってのもあった」


「…!」


「お前らみたいに酒飲んで遊んで気晴らしするってのも手だと思うが、おれはどうも楽しめそうになくてな」


「……まあ、そうだよな」




この街に来てから突如浮上した、咲来ちゃんの帰る帰らないの話。
彼女は帰りたいと言った。船長もその意見を呑んだ。ならば船員はそれに従う他ない。

短い間とは言え、同じ船で仲間として一緒に過ごした。そんな人間が船から降りるとなれば、周りの反応もそれなりで。
おれみたいに何か別のことで気分を紛らわそうとする奴もいれば、ペンギンみたいに船で悶々とする奴もいる。
彼の気持ちがわからないわけではなかった。




「お前はそういうタイプじゃねェもんなァ」


「まあ、後は………咲来がいるから、そんな気にもならないというか」


「…えっ、それって

「おーい、シャチー!!」

!」




ペンギンの言葉に思わず顔を上げた矢先、被せるようにして声が降ってきた。

聞き覚えのある声に振り向いた先に、今話題のお二方。




「咲来。昨日買い出しついでにおやつを買ったんだ。後で一緒に食べないか?」


『本当?ありがとうペンギン』


「なんだそれ!おれも食う!…ってそうじゃねェ!」




相変わらず仲がよろしいようで、どこからか現れた火拳に手を引かれていたのは咲来ちゃん。
火拳がいる限りこのツーショットからは逃れられない模様。

咲来ちゃんと目があった瞬間、やはりどこか気まずそうに目を逸らされる。
昨日の今日、おれが忘れている訳もなければ彼女が忘れているはずもなかった。




「おれまた呼び出し食らったから、これからちょっと出てくるな!今回は三日もあれば帰って来れるから!
咲来に手ェ出したら息の根止めてやるから覚悟しろ」


『……エースさん、会う人会う人に喧嘩売るのやめよ?』


「全勝するから問題ねェ」




火拳の過保護っぷりにもだいぶ慣れたようで、呆れた様子の咲来ちゃんは小さく息を吐いた。
大方、昨日の件を知っているこいつの中でおれは厳重注意枠に指定されたのだろう。ペンギンには突っかかっていなさそうだし。

話を聞いてみればまたお仲間からの呼び出しだそうで、帰り道にこの船を目指せば数日で合流できるとのこと。
また毎晩のおやすみラブコールが復活か。前回咲来ちゃんは船長の部屋に連れ込まれてたけど、今回はどうなのだろう。
まだ船長とギクシャクしてるみたいだし、なんて考えたところで他人事ではないことに気がついた。




「あの!咲来ちゃん!ほんと昨日は……その…」


『……ああ…大丈夫だよ、別に。わたしそういうの気にしないし』


「いや、その、本当…」


『なんかごめんね。ほんとに通りがかっただけなの。
わたしのことは気にしなくて良いから、シャチは普段通り過ごしてね』




――それじゃ、この後エースさんが遊びたいって言ってるから。
そう言って咲来ちゃんは火拳と繋いでない方の手を振って去ってしまった。

気を遣ってくれたであろうその笑顔が逆に突き刺さる。




「咲来ちゃんの優しさが痛い…胸が痛い……」


「そういうこともあるさ。また一から頑張れ」


「おれの好感度メーターまさかのゼロスタート……?」


「マイナスになってないと良いが」


「そんなぁ………」




せっかく火拳がこれから留守だというのに、テンションは下がったまま上がりそうにない。
どんなに悔やんだところで昨日が書き換わることもない。

いっそのこと自分の記憶だけでも飛んでくれたらと、ズキズキ痛む頭に願ったところで状況は変わりそうになかった。






誰か記憶を消す機械を今すぐ開発してくれ

(別れ際にこんなんじゃおれ悔やんでも悔やみきれない…)
(それは向こうも思ってるだろうな)




END.







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