05



『……』




どれくらいの時間が経っただろう。
初めて会う人間にこんなことをされるなんてさぞかし迷惑だろうなと思いながらも体勢を変えられるほど余裕はない。
背中に感じるのは相変わらずの突風で、束ねられていない私の長い髪はさっきから思う存分暴れている。
エースさんは普段これを軽々と乗りこなしているのだろうからすごいとしか言えない。

怯える私を安心させるように回してくれた腕の安心感はきっと彼の想像以上。
見たこともないような一面の青い海、離れていく島、そして確かに感じる自分以外の体温。
とくんとくんと波打つ鼓動が心地よくて目を閉じる。


そうしてしばらく経った頃であろうか。
「お」、と上から声が降ってきて顔を上げる。




「船だ!」




なんだもう着いたのかと思ったら「海軍じゃねえよな」と続けるエースさんにその船が目指していた船とは別のものだと認識する。
海の上なのだから船の一隻くらいいても全然おかしくはない、むしろここでは普通の光景のはず。
そんなことを思えるくらい、未だ実感しきれていないものの、早くも“この世界”に馴染み始めていた。何よりエースさんの存在が現状を脳内に叩き込んでくる。




「咲来、多分あれ海賊船だ。でもあそこはちょうど通り道だ…遠回りするぞ」


『うん、』




遠回りすると言っても近くを通ることに変わりはない。
それを知っていたのだろう、「万が一気付かれても逃げ切るから大丈夫だ」とエースさんは言った。

相手は船、遠目にしか見えないがそこそこの大きさがありそうだ。スピードでいえばこちらが圧倒的に速い。逃げ切ることなんてこの人には造作もないことなのだろう。


徐々に距離が縮まっているのは分かっていた。
だからこの世界に来て最初に見る“海賊船”というものをしっかり見ておきたくて、エースさんの腕から顔だけ出す。数秒もしないうちに視界に映った船とシンボルマークに、もう驚くことには飽きたが相も変わらず私は驚いた。




『……、…ハートの…、海賊団……』


「え?」




黄色いボディにあのマーク、間違いない。目前に迫っているそれに思わず息を呑む。

エースさんに出会ったのも、この広い海でこの場所でこの船の横を通り過ぎることになったのも、もしかしたら。
全てが運命なのではないかと。そういうものを普段全く好まない私が、そう思った。




『エースさん、あの船に、会ってみたい人がいるの…!』


「!」




咄嗟に口から飛び出したのは、彼へのさらなる懇願。

この期に及んでまだ我儘を言うのかと自分で自分に悪態をつくが、きっとこんなチャンスは二度と訪れない。
「誰だ」と聞かれ、隠すこともないだろうと「ローさん」と答えた。




「…ロー?」


『あの船の船長。トラファルガー・ロー…知ってる?』


「ああ、」




「聞いたことあるな」とエースさんが続けた。

“トラファルガー・ロー”。
何も不思議がらずに答えるエースさんに違和感を感じなくなったのは、私が慣れてしまったからだろうか。これだから慣れというものは怖い。




「最近名前を上げ出した奴だな。なんで会ってみたいんだ?」


『え、…す、好きだったから……』


「……」




一呼吸してからふうん、と声を出したエースさんは面白くなさそうだった。
「他にも好きな奴いたんだな」と言われて「好きな人くらいたくさんいたよ」と事実をそのまま話す。
さらに面白くなさそうにするエースさんの心境はよくわからなかった。




「寄ってみるか?」


『いいの?』


「ただおれも向こうも海賊だからな、出会えば敵同士、下手すりゃ戦闘だ。
かといって咲来一人向かわせるわけにはいかねェし……」




「知らねェ人間が船に乗り込んだらどのみち同じ結果だしな」と続ける。彼の言い分は尤もだった。
少し考えた後、結局優しいらしいこの人はわざわざ遠回りした航路を戻すようにストライカーを走らせたのだった。







機嫌を損ねたようです。
(……何か、まずかったかしら)






END.










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