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『消毒は…?』


「とりあえず止血しときゃ後はどうにかなる」




包帯を全部渡して消毒液を運び出す頃にはみんなの体に包帯が巻かれていた。
怪我をしたらまず消毒、と思っていたが言われてみれば確かにそれは擦り傷程度のときで。

止血をするほどの怪我をしたことがないし見たことがなかったから思い浮かばなかった。
ちゃんと手当をしてくれるのかかなり怪しかったが、結果を見るにむしろ頼った方が良かったのかもしれない。




「重そうだな。わざわざ全員寝かせてやんのか?」


『だって床にそのまんま放置するわけにはいかないから…』


「……仕方ねェな、貸してみろ」




各所で仰向けで転がってるみんなを布団に寝かせてあげるべく、それぞれの部屋から勝手に布団と枕を拝借。
雑魚寝してる人のはどれが誰のだか分からないけど、まあ仕方ない。とりあえず誰のでもいいから、せめて柔らかい場所に寝かせてあげたい。

そう思って一人分ずつ運んでいたら、もたもたしている私を見かねたのか船の柵にどっかり座っていたドフラミンゴさんが力を貸してくれた。




『(この人って残虐だけどファミリーには優しいんだよね…)』




持ってきた布団が片っ端からみんなの元へ飛んでいく。能力のことを知っているといえど、重たいものが空を飛んでいるのは妙な光景としか言えなかった。


別に私はファミリーではないのだけど、この人は誰に対しても冷徹で残虐な訳ではない。
彼が“ファミリー”と呼んでいる人、悪く言えば“自分にとって都合の良い人”に対して彼は優しい。逆に、それ以外には冷たいし酷いことだって平気でする。

今の私の扱いが前者に近いということは、彼の中で私は“都合の良い人”なのか。それとも、そうなる予定の人間なのだろうか。




『あの…ありがとうございました』


「フフ……礼儀正しいじゃねェか。お嬢ちゃんは良いとこの育ちか?」


『別にそんなことはないと思いますけど……』




思ったよりも怖くない。今の彼の印象はそんな感じだった。
信じて着いて行く、とまではいかないものの。

包帯も巻き終わって、布団にも寝かせた。と言ってもほとんどドフラミンゴさんにやってもらったけど。
みんなの容態も落ち着いているし、しばらくは様子見で大丈夫だろう。一段落してひとまずホッとする。

礼を言って頭を下げたら、彼は軽く笑った。




「誰か目が覚めたらおれは帰る。見つかっても面倒だしな…せっかくだから、それまで話でもしようじゃねェか」


『えー…っと……じゃあお茶でも…』


「! フフッ…」




何かされても困るし、どうにかしてご機嫌を取らないと。どこもお客さんではないけれども。
みんなの命が私の言動に懸かっている。それに、上手くいけば帰り方に繋がるヒントを教われるかもしれない。

紅茶くらいなら準備できると思ってキッチンへ向かおうとしたら、ドフラミンゴさんが「要らねェよ」と笑った。




「ただえさえ一人でどうにかしたなんて嘘くせェ状況なのに、余計な言い訳が増えるだろ?
それよりおれはお前が何でここにいるかの方が気になるんだがな。火拳はどうした?」


『エースさんなら出かけてて…まだしばらく帰って来ないと思います』


「火拳は白ひげんとこのだろ?どうしてお前はここにいる?
おれは火拳に拾ってもらったもんだとばっかり思ってたが…」




彼の座っている柵の付近に寄りかかるようにして自分も座る。ちょうどみんなのことを見渡せる位置だった。
一応、見張りも兼ねて私はこの人の近くにいるべきだろう。

日本の存在を知っているだけあって、彼は他にも色々と知っていそうな口ぶりだった。
とりあえず差し支えなさそうな範囲で簡単な経緯を説明する。
気付いたらここにいたこと、最初はエースさんに出会って、その後ローさんと出会ったこと。
二人でここにしばらくお世話になっていること。


聞きたいことはたくさんあった。




『どうしてわたしがここにいるって分かったんですか?』


「島に停まってた船は一通り見張ってたからな…火拳が一人で島を出たと報告があったから、おかしいと思って辿ったんだ」


『……。
さっきは何を確かめたかったんですか…?わたし、何かしました?』


「ああ、したさ。十分にな」


『…分からないこと、たくさんあるんです。
わざわざみんなを怪我させなきゃいけなかった理由とか、わたしがドフラミンゴさんに着いて行って、何をしてあげられるのかとか…』


「………
お前は素直で、正直な奴だな」




思っていたことをポツポツと口にしていたら、不意に頭の上に大きな手のひらが降ってきた。
私の頭なんか余裕で包み込めるその手に一瞬びくりとする。

彼にも話せることと話せないことがあるようで。
今しがたした質問には明確に答えて貰えなかったが、ぼんやりとした返事はくれた。
「お前には可能性がある」、と。




「おれが単純にお前を欲しいだけなら、おれは今ここでお前を攫っていけばいい…そうだろう?」


『……はい』


「でもそれじゃ意味ねェのさ。お前のその“可能性”は、お前に信頼されて初めて意味を持つ」


『…?』


「こいつらを追い込んだのはそうする必要があったからだ。でなきゃお前の信頼を損ねるようなマネなんてしねェさ。
詳しくはまだ言えねェが………おや」


『!』




会話の途中で、ふとドフラミンゴさんが首を捻った。
その視線の先を追いかければ、風の音に混じる微かな呻き声。




「時間か。じゃあな咲来…良い知らせを待ってる。
――おれのことは話すなよ?」




バサリ。
ピンク色のコートを翻して立ち上がると、彼は高くジャンプして船の外へ飛び出した。
見送る暇もなくあっという間に空へと消えていく。


それを確認してから、私は急いで声のもとへと向かった。




「……、ん、…」


『シャチ!』




包帯でぐるぐる巻きになった彼の隣へ膝をつく。
止血は出来ていたが、その見た目は余りにも痛々しかった。

彼がゆっくり目を開けたのを見て視界が揺れる。
数秒もしないうちにぼろぼろ雫になって床に落ちた。




『シャチっ……良かっだ…良がっだよお…』


「…咲来ちゃん……?…い゙ッ!」




私を見て起き上がろうとする彼を、慌てて「そのままでいいから」と止めた。






安堵

(うええん…)
(咲来ちゃん?…あれ、何でおれこんなとこで寝てんの?)




END.







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