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──




「それじゃ、また後で連絡するから」


『了解』




お互い別の仕事があるので説明はなるべく簡潔に。
依頼内容に頷いた沙月は、僕の見送りのため一緒に入口へと向かう。

「そういえば」、とポケットに入れておいたとあるものを取り出した。




「これ、沙月に渡しといてって」


『…。何でアンタに……』


「僕は沙月と仲良しだと思われてるみたいですから」




にっこり笑って「それ」を差し出すと沙月が顔を引き攣らせる。
さっき沙月がいなかった数分間に、ここの顔見知りの職員さんから渡されたもの。

僕が沙月のことを協力者として熱烈歓迎したせいもあって、職員さんからは「沙月によく仕事の依頼をしに来る仲の良い探偵」と思われているらしい。本当の事情を知っているのは沙月本人と契約時に話をした社長さんだけだ。

僕が彼女に差し出したのはいくつかの封筒。見た目が可愛らしいことからも分かるが、これは仕事のものじゃない。
すべて沙月へのファンレター。またの名をラブレターと呼ぶ。




「まーたあの王子様イベントやったんですか?」


『先週ね…』


「乗馬体験も良いですけど、断るしか選択肢がないなら王子なんかやめちゃえばいいのに」




手紙の宛先は「白馬の王子様」。今時そんな単語を使う人間も使われる人間もそうそういないだろうが、ここでは沙月のことを示す。
この施設ではときどき動物にちなんだイベントを開催していて、その中で白馬を使った乗馬体験を彼女が担当した結果ついたあだ名だと聞いている。見た目がイケメンで客への対応が“それっぽかった”かららしい。確かに仕事中の沙月は男の僕から見てもかっこいいと思うし、女の子に優しいから王子様と言われれば的を射てる気はするけども。


今まではなんとなく流してきたが、彼女を好きだと自覚したからか今こういう手紙を目にすると腹が立つ。
僕の知らない人に、僕の知らない間にこんなラブレターを書かせるくらい好意を抱かせているのだ。




『わたしもここまで定着するとは思ってなかったんだけどね…』




手紙を受け取った沙月はそれをポケットにしまう。また仕事終わりにでも返事を書くのだろう。
そういうマメなことをするから余計に好かれるんだと言っても、彼女は「喜んで貰えるなら」と止めない。




「…僕も次来る時に書いてこようかな」




──なんて。
冗談交じりに言ったセリフに沙月が顔を上げる。

「でもどうせ断られるならやめようかな」と笑う僕とは対照的に、沙月は真面目な顔をしていた。




『…貴方なら断らないわ』


「……え」


『恋愛は未だによく分からないけど、貴方のことはそれに近く思ってるつもりよ』




「だってこの前、潜入先の安室を知ってる人のことちょっと羨ましく思ったもの」。

隣でふっと柔らかく笑った沙月は続けてそう口にした。




『だから手紙は書いてこないで頂戴ね』


「…残念だな」




断られないなら是非とも書いてきたいのに。

「それなら返事はナシね」と笑った彼女は、入口で僕と別れる頃には元の“王子様”の顔に戻っていた。






“白馬の王子様”


(降谷さん、何か良いことありました?)
(キミに気付かれるようじゃ僕もまだまだだな…)
(?)





END.






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