自慢の「友達」


 



「この前の美人さん、今日はいらっしゃらないんですか?」


「え?」




窓から夕日が差し込み、店の床を赤く染める。

今日は一日ポアロのシフト。明日は朝警視庁に寄ってから、その後はまたポアロのシフト。
予定を確認しながら洗い物をしていたら、皿の片付けを終えたらしい梓さんが僕にそう問いかけてきた。




「美人って…沙月のことですか?」


「もちろん!お客さんに騒がれてますよ?特に常連のJK!
昨日も一昨日も安室さん非番だったから、わたしその間みんなに“あの人のこと知ってる?”とか“彼女じゃないのか確認して!”とか言われちゃったんですからね」


「そ、それはすみません……」




平日の夕方、お客さんはカウンターに座るよく見知った二人と奥の席にいる家族連れが一組だけ。
特に忙しくもなく、比較的緩やかな時間が流れる。隣で皿を渡してくれつつも怒った顔をする梓さんに苦笑した。

梓さんによると、どうやらあのときあの場所に居合わせた女子高生達が沙月が僕の彼女であることを疑っているらしい。身に覚えがあるのでそれに関しては反省しているが、僕らが付き合っていないことは事実。
流石に裏事情まで説明するわけにはいかないが、ここできちんと否定しておかないと後々面倒なことになりそうなことは梓さんの様子から察した。




「沙月は彼女じゃないですよ…。確か蘭さんとコナン君には沙月がそう話してましたよね?」


「はい、言ってました。安室さんとは仕事仲間だって」


「じゃあもしかして沙月さんも探偵なんですか?」


「いえ、沙月は探偵ではありませんよ」




カチャカチャと食器を並べながら沙月の顔を思い浮かべる。他人に沙月の話をするのは新鮮だった。
今まで僕と沙月に繋がりがあることを知っていたのは部下や警察の人間の一部、沙月の職場の人やお客さんくらい。
前者は話すまでもなく本人が横にいることが多かったし、後者は元から沙月のことを知っている。“安室透”として沙月のことを誰かに話すのはこれが初めてかもしれない。

沙月を語るにはどこから話せば良いだろう。何せ彼女は僕のお気に入りだ。自慢したいことなどいくらでもある。
猟師のスキルを活かした銃の腕前は見事なものだし、素手でも戦えるようにボクシングを教えたらすぐに上達した。
あだ名が“白馬の王子様”であるからにはもちろん馬にも乗れるし、身のこなしも軽い。
加えて頭のキレも良ければ容姿もあの通り、ついでに言えば料理だって上手い。


なんて、そんなことをベラベラ話すわけにもいかず。




「沙月には僕の探偵業を手伝ってもらってて…助手というか、補佐というか。そんな感じです」


「へえ〜…そうだったんですね。それなら仲も良いはずですね!」


「でも普段から一緒にいるわけじゃないの?安室さんといるところ見たの、この前が初めてだけど…」


「沙月の本業は動物保護のお仕事だからね。結構あいつ、忙しいんだ」




このくらいなら話しても構わないだろうと沙月の仕事について少し話す。
ここから電車で2時間ほどかかる場所にある職場で、普段沙月はその近くの寮で生活していること。だからこちらにはあまり顔を出さないこと。前回はおそらく何かこちらに用事があって、そのついでに来たのだろうということ。

彼女の線を潰しておくこともそうだが、今後コナン君が沙月に会うときにいろいろと探りを入れそうだから先手を打っておく。沙月は協力者とはいえ警察とは直接関係のない一般人だし、“バーボン”としての仕事にも関係がない。変に疑われても可哀想だ。




「だいたい、沙月にここでバイト始めたから遊びに来てくれって言ったの2ヶ月以上前のことですからね。
忙しいだろうけど来ようと思えば来れたはずだし…絶対あいつ、この前まで忘れてましたよ」


「そういえば…」




「ネットで話題になってたのを見たから来たって言ってたような」。蘭さんが顎に手を当てて考える素振りをする。
それが言い訳であることは僕の心の中で留めておいた。沙月が来てくれたのは例の件で僕を心配してくれたからだ。

「じゃあどうしてあんなにびっくりしてたの?」と入れ替わりでコナン君に尋ねられる。自分で呼んだくせに沙月の訪問に酷く驚いていたからだろう。
別に話しても良いか、と僕の知っている沙月の姿を答える。
服装は常に動きやすいように長いズボンで、髪の毛はひとまとめ。キャップをかぶっていることが多く、化粧もあんなに女性らしくない。
「いつも男みたいな見た目だからあの格好で来られてすごく驚いたんだ」と嘘偽りなく話せば、あの格好の沙月しか知らない三人は揃って“信じられない”といった顔をした。




「沙月はね、僕の一番仲の良い“男友達”なんです。
仕事帰りにご飯行ってダラダラ日付変わるまで喋ったり、しょうもないことで電話したり、唐突にラーメン食べに行きたいって言ったら着いてきてくれたり…」




沙月との何気ない日常を思い返す。
すべて“公安の協力者”という立場が前提だったけど、彼女とは密度の濃い時間をそれなりに共有してきたつもりだった。




「…だからあの日、見たことない沙月を見てすごくびっくりしちゃって。
沙月のことは結構知った気でいたから」




「やっぱり3年ぽっちじゃ分からないですね」。
自嘲も含めて苦く笑う。

沙月に“協力者”と“男友達”を頼んでから数年。能力の高い沙月はどちらも完璧にこなしてくれた。
だからこそ僕の知っていたことはそのどちらかに直結していて。近い距離にいたところで、結局僕はまだ沙月のことを全然知らなかった。だからあの日の沙月の姿にあんなに驚いたのだ。
考えてみれば、出会ってたった数年で分からないなんて至極当然のことなのに。
その当然が当然として受け止めきれなかったのは、やはり僕が沙月に特別な意味で入れ込んでいたからだろう。

じわりと湧いてきた寂しさを噛み締めて飲み込む。
不意に蘭さんが「これから知っていけば良いじゃないですか」と笑って、その声で顔を上げた。




「またきっとポアロにも遊びに来てくれると思いますし!」


「…そうですかね。そうだったら良いんですけど」


「彼女じゃないにしても、そんなに仲良しなら結局騒がれちゃいそうねえ…」


「大丈夫です、沙月は“友達”ですから」




困った顔をした梓さんに微笑む。

その言葉を言い聞かせるべきはお前だと、どこかで誰かの声が聞こえた気がした。






自慢の「友達」


(最初にそう言ったのはお前だっただろ?)




END.








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