2


――




「まさかご存知ないとは思いませんでした…」




個室に案内され、向かい合わせで座る。車で来ているので酒は飲めないけども。

適当に腹が膨れそうなものを注文してメニューを閉じると、風見がそう切り出した。




「てっきり知っててお誘いしたものだとばかり…」


「あんな美人をあんな気軽に僕の仕事に連れ回すわけないだろ…」


「いや、だからすごいなあと思っていたのですが…」




見た目がどうこうで頼む仕事を変える気はあまりないが、泊まり込みの張り込みや二人きりでの外食くらいは控えようと思う気になる。恋愛絡みで面倒なことになりたくない僕は特にだ。

風見は沙月があの見た目であることを知っていたので、前々から僕を「美人にも容赦ない人」だと思っていたとのこと。
そりゃ容赦ないだろう、でもそれは相手が犯罪者や警察官であればの話。沙月は一般人だ。




「思い返せば、階川さんが女性らしい格好のときに降谷さんはいませんでしたね…」


「それ、偶然だと思うか?」


「…どうでしょう。だいたい会社の飲み会のときでしたし…あ、でも自分と二人のときも1回だけ…」


「二人?…沙月と二人で飲みに行ったのか?」


「え?ええ…」




「聞いてませんでした?」。
風見が不思議そうな顔をして首を傾げる。聞いてないぞそんなこと。初耳の情報に眉を顰める。

聞けば、出会ってすぐに沙月から誘われて飲みに行ったことがあるらしい。
誘ったのが沙月からというところも引っ掛かるが、理由なら風見より本人に直接聞いた方が早いだろう。

どんな格好だったか聞いてみると、ぼんやりとしか覚えていないがタイトなワンピースだったと思うとのこと。彼も沙月との初対面は“王子”だったのでその姿には驚いたらしい。まるで別人だと。




「こんな美人で強力な助っ人を掘り出してくるなんてさすが降谷さんだと思っていたのですが、違ったんですね…」


「そりゃ顔が整ってるとは思ったが…声以外は男にしか思えなかったしな…。
じゃああいつ、飲み会で目立っただろ?女性なんてそもそも少ないだろうし」


「そうですね。おかげでいろんな人に羨ましがられて、なかなか大変で…」


「…惚れた奴でもいたのか?」




頭を掻きながら笑う風見の様子から察した。なんだ、結局男にもモテるんじゃないか。男みたいな格好をすれば女の子にモテて、女らしくしたら男にモテて。
梓さんや蘭さんにも“美人”と称されていたから気になってみれば案の定これだ。

まあそうだよな。あの見た目なら中身を知らずともモテて当然だ。中身を知ったらもっとモテるに決まってる。
言葉はぶっきらぼうなところがあるけど、よく気の利く奴だから。


僕の質問に風見は「そりゃたくさんいましたよ!」なんて嬉しそうに笑うから、それがまた面白くない。




「でも降谷さんの大事な女性だと思って、自分が責任持って守らないとと思って!
まあ、階川さんはあんまり守られるような女性ではないですけどね…」


「それで?ちゃんと守れてるのか?」


「もちろん!席は必ず隣にしてますし、帰り際までしっかり見守って…」


「…ふぅん……」




飲んでもいないのにやけに上機嫌な風見は得意気に胸を張ったが、「でも自分の勘違いだったみたいですね」と笑った。
“勘違い”、今まではそうだっただろう。喉まで出かかった言葉を水と一緒に飲み込む。

沙月の頼もしさから言えば風見が守られる側でもおかしくはないが、あの見た目なら“女性として”守られる側かもしれない。
見た目に騙されて手を出したら返り討ちにされるだろうけど。


今まで沙月が協力者として風見を含む警察関係者と食事に行っていることは知っていたが、情報交換を兼ねた懇親会だったしそんなに深く気にしていなかった。あれだけ綺麗なら確実に注目の的だろう。易々と出席させていた過去の自分を悔やむ。

今更悔やんだところでどうしようもないことに悶々としていれば、ふと風見が箸を止めた。




「…降谷さん、階川さんのことが気になるんですか?」


「別に、そんなんじゃない」




意味ありげな質問を即座に否定する。
「沙月が恋愛に現を抜かしたら仕事に支障が出そうだから」と適当に言い訳をすると、確かに仕事となると降谷さんと二人が多いですもんね、と風見がツマミのきゅうりを貪った。




「あれだけの人に辞められたら困りますもんね。引き続き自分が気を配ります」


「ああ、頼む」


「…最初は悔しかったんですよ。降谷さんが階川さんのことすごく気に入ってたので」


「? そうなのか?」




沙月の話の延長で出た意外な言葉に少し驚く。降谷さんの右腕には自分がなるものだと思ってましたから、と彼は言った。
警察でもないのにあそこまで頼られる沙月が羨ましかったと。

それを沙月本人に酔った勢いでぶちまけたら、沙月は「風見さんには敵わない」と返したらしい。
立場が違うから、同じ土俵で考えるのがそもそも違う。風見さんにしかできないことはたくさんあって、私はあくまでも“協力者”でしかない、と。




「話してるうちに思ったよりずっと気さくで優しい方なんだって分かりました。
その上あんなに美人で、自分より5つ以上年下なのにしっかりしてて…」




ペラペラと沙月への褒め言葉を並べる風見。運動神経が抜群とか説明の呑み込みが早いとか、この前犯人を仕留めたときの沙月がかっこよかったとか、また一緒に飲みに行ってみたいとか。
もし良ければ今度階川さんも交えて三人で、なんて言葉まで出てくる。


ああこれは、もしかして。
いや、もしかしなくても。




「…まさかお前も好きなんじゃないだろうな?」


「め、滅相もない!!」




楽しそうに沙月の話をする彼を見ていたらそう思った。
案の定否定されたけど、その顔はもう結構沙月のこと好きだろ。

残っていた水を一気に飲み干してから溜息をつく。まったく、あいつは何人惚れさせれば気が済むんだ。
その上恋愛感情がよくわかりませんなどとぬかすものだから本当に困る。




「沙月がモテるのはよく分かった。今後はもう少し気を付けるか…」


「降谷さんがいないときはしっかり護衛するので安心してください!」


「ああ、ありがとう」




両手の拳を握った彼は気合いが入っているらしい。実力で言えばまだ足りないところもあるが、沙月の見張りくらいなら務まるだろうし報告してくれる分にはありがたい。

礼を言うと彼はやはり得意気だったが、最後に大事なことをひとつだけ。




「でも沙月は“僕の”協力者だ。
お前にやる気はないぞ、風見」




無意識のうちに声が低くなる。
少々睨みつけるようにして言い放てば、部下は顔を強張らせたのだった。






あくまでも


(あいつは僕の協力者)




END.








<<prev  next>>
back