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珍しく僕に空き時間ができた。


今日はもともと朝からポアロのシフトだった。それがなくなったのは昨日のこと。
突然梓さんに「明日出る代わりに月末のシフトを代わって欲しい」と連絡を受け、急遽今日が休みになったのだ。ポアロで働く気でいたので他に予定はなく、風見に急ぎの案件がないか聞いたが「休めるなら休んでください」の一点張りで突き返された。
つまりは、暇なのである。

職業病だと思うが、普段働き詰めなので唐突に体が空いてもどうも落ち着かない。
遊びも満足に出来ないつまらない人間になってしまったと軽くため息をついたが、だからといって状況が変わるわけではない。ひとまず普段取れていない睡眠を確保しようと数時間寝てみたが昼前にはもう眠気は完全に飛んでいたし、買い出しならさっき散歩がてら行って来た。


このままぼやっとしていると貴重な休みが大したこともなく終わってしまう。まだ午後は丸々空いている。
何をしようかと考えて、結局たどり着いたのは最近気になっているあいつのところだった。




「安室さん、こんなところで何してるんですか?」




午後2時、太陽が一番高く登っている時間。

暇を持て余していた僕はどうしてだか、未だに暇を持て余している。
おかしいな、折角の休みだから友達と遊ぼうと思ってここに来たはずなのに。休みの日に友達と遊ぶのは世間一般から見ても普通のことだと思ったんだけども。


見慣れた施設が見える木の下でぼけっとしていた僕を覗き込むように屈んだのは、高校生くらいの背の低い女の子。
僕はよく知らないが沙月のとこのお客さんだ。沙月の元を訪ねたときに何度か見かけたから、ここにはよく来ているのだろう。
僕の名前を知っているくらいだし、見たところ沙月のファンのようだし。




「珍しく暇ができたから遊びに来たんだけど、沙月に追い返されちゃって……」


「王子に?…喧嘩でもしたんですか?」


「いや、僕には大体こんな感じだよ…」




キミには優しいかもしれないけどね、と付け加える。

この子の中ではきっと、沙月は“王子様”でしかないのだろう。僕とは違って常に優しく接してくれて、追い返されるなんてとんでもない。
そもそも僕は沙月にとって“仕事中なのに構わず遊びに来た迷惑な友達”で、この子は“もてなすべきお客様”だから立場が違うけど。


それでここにいるんですかと聞かれて、帰るにも遠いからね、と先程まで沙月がいた広場をぼんやり眺める。
風見と飲みに行った話とか、僕以外の関係者の前で“王子”を貫かなかった理由とか、いろいろと聞きたいことがあったのに。




「王子が今どこにいるか知ってますか?」


「さっきまでそこで女の子を案内してたから、待ってればそのうち出てくるんじゃないかな」


「女の子…」




何の気なしに答えた僕の言葉で少女の顔が曇る。それはほんの一瞬の出来事だった。
彼女はすぐに笑顔に戻ると、「ありがとうございます」と言って僕の指した施設の入口に向き直る。


あ、本気で好きなんだ。そう思った。




「沙月に会いに来たの?」


「はい。…王子には内緒にしてくださいね、でも相談したいことがあるのはほんとです」


「大丈夫だよ。どんな理由であれ、来てくれるだけで沙月は喜ぶから」


「…そう、でしょうか」


「もちろん。あいつはそういう奴だから」




まあ、僕の場合はこの通りだけど。

肩を竦めておどけて見せると、やや間を空けてから少女が口を開く。




「安室さんって、沙月さんのこと好きなんですか?」




言われたことを理解するのに少し時間がかかった。




  



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