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『せっかくクリスマスにシフト入れて彼女の線を潰したのに、これじゃ台無しになりかねないじゃないの…』


「5分で済ませれば大丈夫さ」




閉店間際のこんな時間にわざわざ来ていたあの女の子達は、大方プレゼントを渡すという理由を付けて安室に彼女がいないことを確認しに来たのだろう。そんな中で私がここに来ては全く意味がない。

それは安室も分かっているはずだが、今日の朝この男は何を思ったか「帰りにポアロに寄ってくれ」と私にメールを寄越した。早く帰るのを条件に呼び出しに応じたが、やはりあまり良くはない。“用事”が終わったら明日の朝食になりそうなものを買ってすぐに出て行こう。そう思いながら部屋の奥に何かを取りに行った安室を待つ。




「沙月に今日、これだけ渡したかったんだ」


『…!』




従業員用の荷物置き場から小箱を持ってきた安室は“それ”を私に持たせる。用事とはこれのことだったらしい。

ちょうど手のひらに乗るくらいのサイズのその箱は包装紙に小花がプリントされており、細いオーロラのリボンが掛かっている。外見から中身がアクセサリーであることは想像に容易い。




『…人生で男の人からクリスマスに真面目なプレゼントを貰うなんて思ってもみなかったわ』


「僕も想定してなかったよ」




手のひらに乗っているそれをまじまじと見詰めていたら、安室が「開けてみて」と言ったのでリボンを解く。
見るからに高そうな箱の中から出てきたのは、猫の形をしたパーツとピンク色の石がついたネックレスだった。




「沙月とこういう日に会うのは避けなきゃいけないって、頭では分かってるんだけど…どうしても今日、渡すだけ渡したくて」




──それこそ5分で構わないから。

サンタクロースの格好をした安室が、少しだけ寂しそうに笑う。




「女の子の喜ぶものは把握してたつもりなんだけど、沙月の好みとかどれが似合うかとか考えてたら全然決まらなくて……3時間くらいお店うろついちゃった」


『それは…貴方の貴重な時間を使っちゃったわね』


「今まで10分も悩んだことなかったのにな」




安室が苦笑いする。女性に渡すプレゼントなんて彼はきっと腐るほど買ってきただろう。それこそ仕事でも、プライベートでも。

“互いに嘘をつかない”契約の彼の口から漏れたその言葉は必然的に事実であることになるから、そう分かってて言う安室は相変わらずずるい人だ。




「良かったら着けてみてくれないか?」


『そうね…着けて帰るくらいしか方法はないものね』


「…バレちゃった?」




いくら手のひらに乗るサイズの箱でもポケットには入らない。プレゼントを周りにバレないようにこの部屋から持ち出すには、中身を取り出して箱を安室に預けるしかない。まさか本人の目の前でネックレスだけ取り出してポケットに入れるわけにはいかないだろう。

悪戯っぽく笑った彼は、「着けてあげる」とネックレスを私の手から奪うと私の首の後ろに腕を回した。




『…どう?』


「その格好にはちょっと合わないな」


『そうでしょうね…』




真新しい服の香りが鼻を掠める。

仕事終わりにそのまま来たから、今日は安室が“良い意味で女には見えない”と断言した仕事着のまま。こんなに可愛らしいネックレスが似合うわけがない。
くすくす笑う彼の言葉が「次に会うときに着けてこい」って意味であることは、言われなくても分かっている。




『ありがとう。大切にするわ』


「喜んで貰えたなら嬉しい。…じゃ、そろそろ戻ろうか」


『そうね…そうだ、安室さえ良ければ帰りにケーキ買ってくからうちに寄ってって』


「え……沙月、明日も仕事だろ?」


『そうよ。立ち寄ったらすぐ帰って寝るつもりだったけど、これ貰ったら気が変わったわ』




「今からじゃ売れ残ったケーキしかないかもしれないけど」。
クリスマスプレゼントを貰うつもりもあげるつもりもなかった私に今から出来ることはこれくらいだった。

私の提案に安室は目を丸くして、その直後にふっと目を細めて。
「それならわざわざリスク負って来てもらわなくても良かったな」と嬉しそうに笑うから、「来年からはそうしましょう」と私も笑った。




「すみません、店番任せちゃって」


「全然!安室さんこそもう大丈夫なんですか?私てっきり大事な用事かと…」


「いやいや、沙月が明日の朝ごはん買いに来るって言うからそのついでに仕事の話がしたかっただけですよ」


「なんだあ…つまらないの…」


「つまらなくてすみませんねえ…」




部屋を出て梓さんと合流した安室を横目にそそくさと荷物をまとめ、帰り支度をする。
何かを期待していたらしい梓さんの言葉に適当な言い訳をし終えた安室は、「何にします?」といつもの営業スマイルを貼り付けて私に朝食を選ばせた。




『それじゃ、クリスマスのシフトせいぜい最後まで頑張ってね。サンタさん?』


「そちらこそ、クリスマスなのにお仕事お疲れ様です。明日も頑張ってくださいね?」




滞在時間はたったの10分間。最後の最後まで雰囲気の欠片もない私達は、街行くカップルのそれとは程遠い。


“恋人”になれない私達の短いクリスマスは、日付の変わる頃にようやく始まるのだった。






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(ジングルベルならもう鳴り止んでいる)





END.






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