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「今日は少しゆっくりできて良かったな」
『そうね』
皿を片付け終えた沙月がソファに座っていた僕の隣に腰を降ろす。ホワイトデーと言ったって所詮は平日、お互い仕事だったのでそこまで余裕があるわけではない。それでも多少なりゆっくりできた気がした。少なくとも、一ヶ月前の今日よりかは。
「バレンタインはほとんど言葉すら交わさずに終わったからな。今日くらい良いだろ」
『さすがにバレンタインはあからさますぎてね……』
恋仲であることを隠している身として、沙月とはそれっぽいイベントの日はなるべく会わない・話さないことで合意している。クリスマスとバレンタインはその代表だ。
でもホワイトデーならバレンタインほど大々的なイベントではないし、周りには沙月へのお返しはこの前仕事がてらしておいたと適当な嘘を言ってあるし、今日も普通にポアロのシフトに入って普通に帰ってきた。今僕が沙月の家にいるなんて誰も思わないだろう。
すぐ隣にいた沙月の肩に頭を乗せる。
沙月と恋人としてイベントを楽しめないことは少し寂しいけど、こうして一緒にいられる時間があれば現状では満足だ。そもそもそうなってるのは僕のせいであって、沙月は全く悪くない。
甘える僕の頭を沙月が緩く撫でる。
さっき僕が「今日くらい」と言ったせいか、とことん甘やかしてくれるようだった。
「今になって…お前がモテることが腹立たしいよ。
去年まで、お前がいくつチョコ貰っても何とも思わなかったのに」
『…それを貴方が言うの?同性なだけマシだと思いなさい』
「……うん、…お前がたとえ無意識でも男引っ掛けてたら、今頃怒り狂ってる」
『じゃあわたしは今からでも怒り狂っておけば良いのかしら?』
「僕のはビジネスだから……」
『ビジネスなら男引っ掛けても良いの?』
「…良くない、ころす」
『困った人ね…』
腕にギュッと力を込めて抱きつけば、沙月は苦笑して溜息を吐いて。
呆れの中にも少し甘さを含んだ声を漏らしたその横顔をちらりと盗み見る。
近過ぎて表情は確認できないけど、いつもの僕のわがままに困っている顔と同じ顔をしているのだろう。
『…貴方がわたしの本命で、わたしが貴方の本命で。
わたしは誰にチョコを貰おうと貴方しか見る気がなくて、貴方も同じであるなら、今はそれで勘弁して頂戴』
「今までこれでやってきちゃったんだから」。沙月が至近距離でこちらを向いて僕の頬を撫でる。
このままキス出来ちゃったらどんなにいいか。分かっててこういうことをするこの人はずるい。
「来年も本命は僕にしろよ」
『…貴方の本命が貰えるならね』
キスの代わりに貰った微笑みは、今日貰ったものの中で一番甘かった気がした。
甘いひととき
(せめて、今くらいは)
END.
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