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こんな数回会ったかも分からないような女の子にさえ言われてしまうくらい、僕は周りからそう見えるのだろうか。
沙月はこの子も言っている通り、ここでは「王子」。僕がそういう人を好きになるように見えたのだろうか。いや、実際好きなんだけど。
思えば僕は沙月を“男”友達と認識してたはずなのに、どこかのタイミングで恋愛対象として好きになっちゃったわけで。
男を好きになる趣味は持ってなかったと思うけどなあ。実は両性愛者だったりしたのだろうか。
でも元から沙月が女であることは知ってたしな。きっとそのせいだろう、多分。
なんだかこの数秒間で新たな問題が発生した気がしなくもないが、とりあえず返事をしようと思い「仕事仲間に好きも嫌いもないかな」と無難に答えたら、「良かった」と女の子が無邪気に笑った。
「沙月さん、女の子は恋愛対象として見てないから。安室さんがライバルだったら勝てる気がしなくて」
言い方も笑い方も優しいのに、どこか物悲しい。
その子は、想い人にとって自分がそもそも「対象外」であることを分かっていた。
「…知ってて、それでも好きなの?」
「もちろん」
思わず聞き返してしまった僕の質問に、「好きなものは好きなんです」と彼女は答える。
曰く、女の人を好きになったのは沙月が初めてで。まさか自分が本気で女性を好きになるとは思っていなかったけど、沙月への“好き”は間違いなく恋としての好きだと。
バタンとドアが閉まる音がして、視界の向こうに見覚えのある人影が現れる。
女の子は僕からそちらへ視線を移すと、屈めていた身体を起こしてピンと背筋を伸ばした。
「好きになった人がたまたま女の人でした。…それだけです」
凛とした顔で“彼女”を見つめる少女の目は、力強かった。
施設から出てきた沙月は、連れていた女の子を見送るため入り口へと向かって行く。
手を振って別れた後、こちらへ反転するとそのまま静かに歩いてきた。
『…ゆっくりしてなさいとは言ったけど、うちのお客さんを口説くことは許可してないわよ』
少女と会話をしていた僕に、そう零しながら。
「お前が僕を暇にさせてるんだろ?」
『安室が暇でもわたしは仕事中なのよ。…リリちゃん、今日はどうしたの?』
沙月に呼ばれ、沙月を見る“リリちゃん”の目が恋する乙女のそれに変わる。そういえば聞いたことのある名前だと、ここでようやく思い出した。
リリちゃんは「うちのワンちゃんの爪切りが上手くできなくて」と困った顔をしたが、沙月が「すぐに教えられる」と答えたらぱっと顔を明るくした。
続けて「この前馬に乗りたいと言ってたと思うけど後でどう?」と尋ねられると、「ぜひ!」と飛び跳ねて喜ぶ。
好きな人の一言一言でくるくると表情が変わる。
ああ、恋って感じだ。
『暇なら安室も一緒に来る?』
「…お邪魔だろ?」
『あら、空気が読めるのね』
予想外の嬉しいお誘いに一瞬頷こうとしたが、リリちゃんがちらりとこちらを見たので察した。沙月と二人きりが良いのだろう。
また待ちぼうけかと足を組み直したら、不意に沙月が僕の前でしゃがんだ。
『…貴方が帰らないうちに戻ってくるわ』
くしゃり。
沙月が僕の頭を撫でて、口パクで「ごめんね」と謝る。後ろにいる少女には見えないように、聞こえないように。
つい先程まで取り繕っていた“王子様”を脱ぎ捨て、申し訳なさそうに眉を下げる沙月にトクンと心臓が脈を打つ。
そうだ。見た目が男みたいとか女らしいとか、そういうのではない。
僕が両性愛者だとか異性愛者だとか、そういうことも関係ない。
僕が好きになったのは“沙月”だった。沙月という人間だった。ただ、それだけのことだ。
「…キミのこと、見習わなきゃな」
「え?」
『あら、二人でどんなお話してたの?』
「い、言えません!」
立ち上がった沙月は再びその瞬間から“王子様”を身に纏う。僕が公安の仕事で作り上げた仮面を被っているのと同じように、彼女もまた、仮面を被っていた。
僕はその仮面を被った沙月を、そしてそれを外すその瞬間を、強く美しいと思ったんだ。
「……応援出来なくてごめんね」
並んだ二人分の背中を見送りながらそう呟く。
残念ながらキミの恋は応援出来ない。
沙月は、沙月だけは、誰にもあげられないから。
──
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