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『眠そうね』
木の下で微睡む僕を見て沙月が呟く。
あれから何分経ったか分からない。沙月が去ってからぼんやりスマホで時間を確認したけど、ぼんやりとしか覚えていない。
ここで流れる時間は、普段の生活を忘れるくらい穏やかで緩やかなものだった。
「…あの子は?」
『帰ったわ。あの子で今日のお客さんは一区切り』
「まあこれから接客以外の仕事があるんだけど」と呟いて僕の隣に沙月が腰掛ける。途中で着替えたらしく、彼女の作業着からはふわりと洗剤の匂いが香った。
これだけ待ったのだから少しくらい良いだろう。
周りに誰もいないのをいいことに、その肩に頭を預ける。
「…ここにいて良いのか?」
『少しだけサボりよ。でも10分くらいしたら戻るわ』
「ごめんな、急に来て」
『ほんとにね』
「二度見したわよ」と沙月が笑う。
オフになったから今からそっちに遊びに行くと一方的に送り付けたメール。僕の職業からしてほとんどありえない文面だ。
付き合いがそれなりに長い沙月だから、余計にそう感じたことだろう。
沙月に触れる肩と頬がじんわりと温かい。
風が吹いたと同時に彼女が「来てくれて嬉しかった」と空に向かって呟いたから、思わずその腕をとってぎゅっと抱きついた。
「(こいつ、男からのラブレターは嫌がるから嫌がるかと思ったけど…)」
恋愛に興味がない故に男に好意を寄せられることを面倒臭がるから振り払われるかと思ったが、特にそんなことはなかった。案外大丈夫なのか、それとも僕だから良いのか。
顔を見る限り嫌がってはいなさそうな沙月に、出来たら後者であって欲しいな、なんて。
「(でも僕にはもともと甘いからな…)」
男とか女とか関係なく、沙月は僕に甘い。
それにくっついてることだけを言えば、バイクに一緒に乗れば似たような感じになる。それと同じレベルのことなのかもしれない。
様子を窺うようにじっと見ていたら、気付いたらしい沙月がこちらを向いた。
『どうしたの?』
「え、あ、何でも…」
キスできそうなくらいの至近距離で振り向かれて思わずぱっと顔を離す。いくら普段から近いからって、今はちょっと意味が違う。たとえそう思っているのが僕だけだとしても、だ。
不思議そうにこちらを見た沙月は、直後にふわりと笑うと僕の頭を撫でた。
『…ダメよ。あんまり可愛い顔しちゃ』
「え…」
微笑んだ沙月の指が僕の頬をなぞった。
男友達としてはしないであろうその行為に、胸の奥がきゅんと音を立てる。
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