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『階川です。こちら二名、制圧しました』




埃っぽい倉庫のような建物の中、耳に取り付けたワイヤレスイヤホンを使って連絡を取る。
足元には気を失わせた男が二人。通路の真ん中にいて邪魔だが、そこそこガタイが良かったから壁際に寄せる気にはなれなかった。




《了解です、こちらも終わりそうなので合流を…》


『…あ』




イヤホンからは通話相手である“風見さん”の声が聞こえる。
警察の仕事関係で、安室の次にお世話になっている公安警察の人。

念のため床に転がっていた男の両腕を手錠…ではなくその辺で売っている結束バンドで縛っていると、不意に付近から足音が聞こえた。
振り向けば、廊下の先に人影がひとつ。




「サツか!」


『もう一人いました、応戦します』




ブツリ。
話し終えるまで待ってはくれなさそうなので、風見さんとの通話を強制終了させる。
こちらへ走ってくる男の手にはナイフ。

事前情報によると彼らは強盗グループで、複数の悪事を働いた後にこの無人の建物に身を潜めていたらしい。
男は刃物を持っているが、物騒なのはお互い様だった。右手に抱えていた大きめの銃がガチャンと音を立てる。
「対人用に」と安室が持たせてくれたそれを片手に、向かってくる男の強襲に備えた。




──




「いやー、見事だった!」




所変わってとある居酒屋。
真向かいに座った男の人が私にそう声を掛けた。


今日は朝から本業を放り出して警察の仕事。
もちろん安室、もとい降谷さんからの依頼だ。彼は別件があって現場にはいなかったが。

そこそこ大きな案件だったらしく帰りに一杯飲もうとのことで、指揮を執っていた風見さんにご飯に誘われた。彼以外は初対面のメンバーばかり。
警察でも何でもない私は初めて会う関係者にはあまり良い顔をされないが、それを活躍で蹴散らしてこいと降谷さんから言われているのでそんなに気にしてはいない。今回も周囲の態度を見るにそこそこの出来だったと思う。




「さすがに呼ばれるだけあるな!女の子なのにはびっくりしたが…」


『よく驚かれます』


「風見さんとこの子なんだって?」




「普段は何の仕事してるの?」と聞かれ、「猟師です」と答える。
“漁師”ではなく“猟師”。動物保護施設でどうのこうのと言うのはピンと来ないだろうし、人に聞かれて答えるときはこっちが多い。
特に、こういう仕事をした後なんかは。

他愛もない話をして和やかに食事が進む中、人声の中に妙な物音がして振り向く。




『風見さん』


「!?」




咄嗟に隣にいた風見さんの腕を引っ張って抱き寄せる。直後、彼がいた場所に向かって何かが飛んできた。

カランと物体が転がった音がして、それが金属製のスプーンだったと知る。どうやら酔っぱらった客同士の喧嘩で飛んできたらしい。
尖っていないとはいえ、当たったら怪我をしてもおかしくはない。出来れば外でお願いしたいものだ、とやんわり抱え込んでいた風見さんの頭を離した。




「あ、りがとうございます…」


『いえ。急に引っ張ってすみません』




微笑めば、年も背も私より上な風見さんがいくらか顔を赤くして礼を言ってくる。この人は可愛い部類に入ると思う。口には出さないけれど。
「王子様みたいだねえ!」と斜め前にいた男性に茶化されたので、そのあだ名が職場以外でも通用するようになるのも時間の問題かもしれない。

酒が飲めないので飲み放題のソフトドリンクを注文しようとしたところ、風見さんが不意にスマホを取り出して席を立った。電話が来たようだ。




「その銃もオモチャだけどかっこいいねえ」


『はい。見た目が本物みたいで気に入ってます…弾はBB弾ですけど』


「…あの、割り込んですみません。
階川さん、降谷さんが代わって欲しいと…」


『……』




すぐ席に戻ってきたかと思えば風見さんから通話中のスマホを渡される。電話してきたのは降谷さんだったらしい。
私に連絡をするなら直接すればいいのに、そうしてこないということは大した話ではないのだろう。椅子に後ろ向きに座り直して通話ボタンを押す。







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