1
そわそわ。
待ち合わせ時間の15分前に約束の場所に着く。沙月が遅刻することはまずないから、あと10分もしないうちに現れるはずだ。二人で出掛けることなんて今までもざらにあったのに、今日はやけに時間が気になる。何度確認したか分からない腕時計の針は、さっき見たのと大して変わらなかった。
「(これはデートじゃない…デートじゃない……)」
内心ブツブツ呟いてることを声に出したら明らかに不審者だと思う。
外で待ち合わせるとどうも周りの声が気になるが、今日は時計と待ち人のことばかり気にしているためかそちらに思考は向かなかった。
通り過ぎて行く人の中、不意に自分の前に目当ての人が現れて慌てて顔を上げる。
そいつを見た瞬間、心の中でぼやいていた必死の否定はすぐに肯定に変わった。
『お待たせ』
「(…いや、デートだ)」
──
「今日はやっぱり男の目が多いな…」
『そうかしら。女の子もたくさんいるわ』
大きなショッピングモールのど真ん中。
「貴方が綺麗な顔してるからね」と周りの男の視線を集めている隣の美人が呟く。お互い背が高いから並んで歩いていれば目立つのは仕方ないが、見られる理由はそれだけではないだろう。そういうことに鈍いこいつがどこまで察してるかは知らないが。
沙月の零した褒め言葉はおそらく自然と出てきたものだ。彼女は普段からよく僕を褒める。僕だけじゃない、他の人にも同じ。世話をしている動物たちを褒めることが多いかららしいが、常にローテンションの沙月の言葉はどうも真面目に聞こえてしまってくすぐったい。
「お前、今までなんでそういう格好しなかったんだ?」
『そういう?』
「今みたいな、女性らしい格好」
風見は知ってるみたいだったから、と。そう言ったところでランチに良さそうな店を見つけて二人で入る。
向かい合わせのテーブルに案内されて、改めて沙月の顔が目に入って。「こんなに綺麗なのに」、言いかけて口を閉じた。
『貴方の男友達はこんな格好しないでしょう?』
「…やっぱりそうか」
『分かってて聞くのね』
職場での男みたいな格好は沙月の一面でしかなくて、女性らしい格好もすること。それを数年間隣にいた僕は知らなかったのに、部下である風見は知っていたこと。その理由を、風見に話を聞いたあの時から考えていた。
“偶然だと思うか?”
“どうでしょう”
沙月と会っている回数は圧倒的に僕の方が多い。偶然ではなかったのだ。
わざと沙月は、僕の前で“女”を隠していただけだった。
「体型まで変えて…今まで無理させてたな。ごめん」
気付かなかった。沙月が僕の"男"友達を装うために、こんなにも努力してくれていたことに。
沙月は僕とただ仲良くしてくれるだけではなく、見た目にまで気を回してくれていた。職場でしか沙月を見たことがなかった当時の僕は、それを沙月の普段だと思い込んで彼女に頼み事をしてしまった。
どっちも知った今なら、沙月がわざわざ何らかの方法で体のラインを矯正していることや、僕と会う日は意識して“王子”で統一していたことも分かる。
出されたジュースを飲みながら、頬杖をついて沙月が笑った。
『貴方が謝ることはないわ。もともと仕事中は動きやすいように胸潰してるから。
安室と出会った日もそうだっただけのこと』
「家でもそうしてるだろ。やけに着痩せするとは思ってたけど…」
実のところとある件で沙月の体型は知っていたから、普段の沙月にあまり女性らしさを感じないのは着痩せかと思っていた。結果、そんなことはなかった。
僕は男だから潰す胸がないが、無理に潰していればきっときついだろう。仕事場ではその方が都合がいいにしても、リラックス出来る自宅でまでそうする必要はない。
沙月は「慣れてるから平気」と言った後、これからも変える気はないと続けた。
『…今から服と指輪を選んでもらう人間が何言ってんだって感じだけどね』
「!」
綺麗に化粧をした沙月が長い睫毛を伏せる。
その美しい表情に、ドキリと心臓が鳴った。
──
back