「仕事と僕、どっちが大事?」






「お疲れ沙月」




先日潜伏先を突き止めた犯罪者グループの取り押さえに沙月を駆り出した。
今日のメンバーとは一度組んだことがあったから、“部外者”に近い彼女に嫌な目を向ける人間はいなかった。毎回気を遣わせて申し訳ないとは思いつつもその高い能力を借りたくなることは多い。今からでも警察に、なんて誘ったこともあったな。残念ながら「興味がない」と断られてしまったが。

大の男を複数人捻じ伏せた沙月の元へ歩み寄る。今回も良い働きをしてくれた。
捕まえた犯人たちは部下が先程パトカーで連行していったので、今日はもう後片付けをしたら解散の流れ。
この前デート(仮)をしたときとは打って変わってボーイッシュで逞しい「仕事モード」の沙月は、僕が一目惚れでスカウトしたあの日の沙月そのものだった。




『お疲れ様です。降谷さんはこのあと事情聴取ですか?』


「ああ。同席しようと思ってる」


『ではわたしはこの場で失礼しますね』




バイク用のヘルメットを小脇に抱えた沙月が軽く頭を下げてから駐車場へと戻っていく。僕の車に乗ることもあるが、後の予定によっては別々に来ることも多い。まだ時間も遅くないし、彼女の本来の職場に戻るのだろう。

その背中を見送りながら、「沙月、」と最後に声を掛けた。




『はい?』


「…後でメールする」


『了解です』




たった一言だけ寄越した彼女は、特に笑いかけてくれることもなくポーカーフェイスのままその場を去って行った。




――




「お前、本当に全っ然変わらないんだな」




「今日そっち行く」とメールをして向かったのは、沙月の住んでいるマンションの一室。
僕の家より警視庁に近いからと、沙月が気を利かせて部屋を貸してくれたのが始まり。沙月の職場には寮があるけど、都内にも部屋がないと不便だからという理由で彼女はここを借りている。誰かと一緒に暮らしてるわけでもないから、適当に使ってくれて構わないと。

当時は早朝も深夜も寝る間を惜しんで働いている僕を見かねて声を掛けてくれたんだと思うが、まさかこんな関係になるとは思ってもいなかった。




『…何が?』


「何がって…。態度とか、言動とか……とにかく、全部」




僕が転がり込むようになってから設置された二人掛けのソファに座る。こちらを振り向かず声だけで返事をした沙月は、夕飯の洗い物をしていた。


“あの出来事”があって以来、少なくとも僕の私生活には変化があった。沙月が気付いてたかは知らないけど、今日も何度か無意識に沙月の方に目を向けていた。ポアロでならまだしも、仕事中は絶対表に出さないよう気を付けようと思っていたのに。
幸い、警察関係者にバレたような感じは今のところないけども。

それに対して今日の彼女といえば、いや今日に限った話ではなく、あの日以降何度か一緒に仕事をした日すべて。「仕事モード」の彼女は一切崩れることなく、普段と何ら変わらなかった。

別にボロを出してほしいわけではないしむしろバレて関係が壊れる方が困るけど、それでもやっぱりなんか。
上手く言えないけど、なんかこう、いかにも独り善がりな感じがして寂しい。




『貴方のバイト先に行くようになったじゃない』


「まだたったの2回だろ。ていうかお前、服も指輪も買ったのに来てくれないし」


『ちょっと忙しくなっちゃってね……』




せっかく僕と買いに行ったアイテムも、沙月が本業で忙しくなったせいでこの家のどこかに眠ったまま役に立っていない。僕以外の恋人の存在を匂わせる「偽ペアリング作戦」は、沙月の2回目の来店以降一度も実行できていないのだ。
次はいつ来るのかデート(仮)の翌日から楽しみにしてたのに、全然連絡してこないから仕事で会ったときに聞いたら「しばらくは無理そう」って。

そんなこんなでポアロには来てくれないし、仕事での態度は今までとまるで変わらないし、こうやって二人で家にいたってやっぱり何も変わらないし。そりゃあくまでも“仕事の都合上”この場所が便利だから使わせてもらってるだけで、同棲してるわけじゃないから何かが起こる方が変なんだけど、それにしたってあまりにも何も変わらない。
「恋が分からない」と言う割に仄めかすようなことを言ってくれてたから、ちゃんと脈はあるのかと思ってたのに。

ソファの上で膝を抱えて丸くなってたら、「拗ねないでよ」と沙月が笑って隣に座った。




「どうせこの前言ったことも、王子お得意の口説き文句なんだろ」


『この前?…いつ?』


「……沙月なんかファンの女の子に刺されちゃえばいいんだ」




ぷいっと顔を背ける。こいつほんと、勘違いしたファンの子に嫉妬で刺されちゃえばいいのに。
元が僕の片想いとはいえ、あれだけ期待させるようなこと言ったんだからお前も仕事に支障をきたすくらいしろよ。もし僕に言った言葉まで「可愛い顔が見たいだけ」なんて言い出すなら本気で殴るぞ。

だいたい、ちょっとぐらい忙しくてもポアロに来いよ。仕事の依頼だったら断らないくせに。
むっとしたまま黙り込んでいたら、はあ、とすぐ横で短い溜息が聞こえた。




『人前で態度を変える気はないわ。特に仕事中は……その分、二人のときは出してたつもりだったけど』


「少しだけな。お前が女の子に吐いてる甘いセリフの3割増しくらいってとこか」


『今更そんな急に変えられるような仲でもないでしょ…契約切られても困るし。
それと、貴方には洋装も和装も似合うと思うわ』


「……」




やっぱりしらばっくれてたか。しれっと“この前”のことを復唱する沙月に目を向ける。

文句を続けようとして口を開いて、でも同時に沙月が真面目な顔をしてこっちを見たから、喉まで出かけていた言葉を飲み込んだ。




『自分に恋人ができるなんて、考えたことがなかったから……もちろん、結婚もね。
でももし仮にそういうことをするとしたら…一生誰かの隣にいるとしたら、候補は……貴方くらいしかいないと思っただけ』




恋はしたことがないから、まだよく分からないけれど。
そう言って笑う沙月に、文句以外の言葉を返そうとしたけどいい言葉が見つからない。




「…お前、他に候補なんか作るなよ」


『貴方に並ぶ人間がいるとは思えないわ』


「いてもいなくても、だ。
…ところで、しばらく忙しいって言ってたけど出張か何かか?」


『出張じゃないわ。単純にここ最近仕事が増えてるだけ』


「そうか。じゃあ、いい考えがある」




――忙しいなら、こっちに来るような「仕事」もいくつか混ざってるだろ?
笑顔でそう言うと、沙月が顔を引き攣らせる。

「貴方の“いい考え”って大体良くないんだけど」。
小さく零した沙月の言葉を右から左へ聞き流しながら、“忙しい”沙月を仕事以外で呼び出すために思いついた方法を話し始めた。






「仕事と僕、どっちが大事?」


(それ、めんどくさい彼女が言うセリフよ)
(僕ってめんどくさいだろ?)
(…そうね。今更だったわ)





END.







<<prev  next>>
back