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──




「僕がこの前驚いた意味、分かりました?」


「とても分かりました…」




わざわざ奥の席へと通された沙月をコナンくん達のテーブルの横に立たせて、改めて紹介をする。

階川沙月。僕の探偵業の助手。運動神経抜群で頭脳明晰な、自慢の仕事仲間だ。そして男友達でもある。
この姿ならどこからどう見ても女には見えないだろう。貶しているわけではなく、こいつの見た目はイケメンそのものだから。




「これがいつもの、僕の沙月です」




──かっこいいでしょ?

彼女の腕を取ってぎゅっと抱きつく。女性にしては背の高い沙月は、立っている状態でも僕とさほど変わらない。
ついこの前に頭を預けた肩は、今日は「くっつかないで」と僕を拒否した。




「安室さんが呼んだんですか?」


「はい、誤解を解くために。こいつ、僕と噂されたのがすごい嫌だったみたいで…」


『当然でしょ?こっちにはこっちの都合があるんだから』


「お前女の子から大人気だもんなあ」




僕と噂なんかされたらスキャンダルだもんな。そう茶化すように言ったものの、こいつが来たのは実際は別の理由。

僕が呼んだことに変わりはないが、別に誤解を解きに来たわけではない。僕の「ワガママ」に付き合ってもらっただけだ。
仕事で呼び出したら来てくれるくせにポアロに遊びには来てくれないこいつを、仕事の延長でポアロに呼び出したのだ。


沙月が来てくれなかった理由は「忙しかったから」だが、正確にはそれだけではない。仕事帰りに寄ることは日によっては不可能ではないが、“喫茶店の店員・安室透”の友達として「仕事着でポアロに来ること」に抵抗があったのだ。
だいたい、初日に来てくれたときにわざわざあの格好だったのはそのせいなわけで。

沙月がポアロに来るための格好に悩んでくれていたことは知っていたけど、それでもやっぱり沙月に仕事以外の用事で会いたかった。
沙月は「うちに来るのと何か違うの」とか「明日仕事で会うじゃない」とか言ってたけど、業務で仕事関係者として会うのとは気分が違う。プライベートで、それこそ理由もなしに会いたくなるのが恋人なんじゃないのか。少なくとも僕は一緒に仕事しているだけでは満足できない。

どうやら沙月はそのあたりの区別がついていないらしいが、こうなると本当に脈があるのか心配になってくる。
仕事関係なしに会いには来てくれたけどさ。自分で恋が分からないと言うだけある。




「確かにモテそうですね…すっごいイケメン……」


『ありがとう。…榎本さんの好みの顔だったら良いのだけど』


「え…」


「コラコラ」




女の子を前にするとすぐ口説き始める沙月の頭を軽く小突く。周りから言われた“王子”を裏切らないために意識していたらこの形に落ち着いたらしいが、顔面偏差値が高いので本気で落ちる子が少なくない。梓さんが顔を赤らめたのでここでも危なそうだ。
この店で沙月に惚れた男が仕事モードの沙月を見て幻滅してくれないかと思ってたけど、こっちはこっちで女の子のファンが増える。面倒な奴だ。




「あっ!わたしってば階川さんに見とれててサンドイッチ作りかけだった!
安室さん、階川さんのオーダーお願いします!」


「はい。…で、どうします?」


『そうね、夕飯を食べたいから――』




――ブブブ、

席に着いた途端にバイブ音がして、沙月がポケットに手を突っ込む。
画面をちらっと見てから「ごめん」と僕に呟いたのですぐに電話だと分かった。




『はい、お疲れ様です』


「(…仕事関係か?)」




沙月が席に置いていた大きめのベースケースを持って外に出て行く。口調からして職場の人のように思える。

数分後、戻ってきた沙月の眉間にはシワが寄っていたのでなんとなく事態を察した。




「…あれ?階川さん、帰っちゃうんですか?」


「呼び出しだそうです」


『勘弁してほしいわ……』




せっかくここで食べられると思ったのに、と沙月が愚痴を零しながら荷物をまとめる。先程の電話は職場の人からの協力要請だったらしい。急な呼び出しは僕も仕事柄よくあるが、こいつも大変だな。
仕事帰りに遠回りまでしてもらったのに何もせず帰すのは申し訳ないが、僕にはどうしようもない。後で夕飯になりそうなものでも作って届けるか。ついでに今日も泊まらせてもらおう。

挨拶をして立ち上がった沙月に、コナンくんが「お姉さん」と声を掛けた。




「お姉さんの職場遠いって聞いたけど、今から向かうの?」


『行くのは職場じゃないわ…イノシシを捕まえに行くの。わたし、ハンターだから』


「「えっ」」


『安室、次変な呼び方したらぶっ飛ばすから。お得意の軽口で余計な誤解を増やさないように。
…それじゃあまた』




蘭さんとコナンくんから抜けた声が聞こえる。先に見た沙月の格好があっちだからな。仕方ない。
イノシシという単語に驚いたのか、沙月の口が悪いことに驚いたのか、どちらかは知らないけど。まあどっちもか。
あのベースケースの中身が猟銃であることは勘の良いコナンくんは気付いたかもしれない。

捨て台詞と共に視界から消えた、女の子とは思えない逞しい背中に向かって一人微笑む。
なんだ、完全スルーかと思ったけど突っ込んできたか。案外意識して貰えてるのかな。




「動物保護って言ってたから、てっきり保護犬とか猫とかのお世話かと…」


「もちろんそういうのもやってますよ。沙月曰く、動物を守るにもいろいろあるみたいです」




そうじゃなきゃ動物好きの彼女がハンターなんてやっていない。
沙月が夕飯を食べるはずだったテーブルの片付けをしつつ、会話に混ざってきた梓さんに説明する。
あいつは極力殺しはしない。どうすれば共存できるか、どうすれば助けてあげられるか、いつもそのことばかり考えている。


暗くなり電灯がつき始めた窓の外を見ながら、無事で帰って来いよと心の中で呟いた。






王子、御来店


(イケメンは友達もイケメンなのねえ……)
(類は友を呼ぶって言うもんね)
(あらコナンくん、難しい言葉知ってるのね!)





END.







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