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ここに来てから、ずいぶんと平和的な会話が多くなったように思える。
「海……ですか?」
「はい!」
「良かったら安室さんも一緒に行きませんか?」。
よく晴れた日の昼下がり。
隅のテーブルに腰掛けた高校生二人組のうちの片方が、呼ばれて近付いた僕に向かってそう話を持ちかけた。
「再来週の日曜日、園子とコナン君と海に行く計画を立ててるんです。
良ければ沙月さんと一緒に来てもらえないかなって…」
「沙月と……ですか?…園子さん、会ったことありましたっけ?」
「ないけど、蘭がイケメンって言ってたしOKよ!安室さんも来てくれるなら万々歳!」
「ハハ…」
上機嫌に放たれた言葉に思わず苦笑してしまう。
話によると二人は今度海に行く予定を立てているそうで、それに僕と沙月に来てもらいたいらしい。
蘭さんが「沙月さんとあんまり話せる機会がないから」と言っていたから、主な目的は沙月だろう。その連絡手段を持っているのが僕といったところか。園子さんは普通に僕に来てほしいみたいだけど。
メンバーにコナン君が混ざっているので、彼が沙月に探りを入れたくて誘おうと言い出したのかなとも思う。考え過ぎかもしれないが。
友達と海、か。本職を忘れそうなくらい平和な響きだ。8月に入って暑さも本格的になってきたし、夏休み中の学生なら特にそういうところに行きたくなるのだろう。
僕も若い頃には経験があるが、今この歳でこの職に就いていて周りの人間とそんな浮ついた話になることはまずない。そもそも夏休みなんてものが僕にはないし。夏休みどころか、決まった休み自体がないけど。
彼女達からの年相応なお誘いに微笑みながらも、素直に頷くわけにはいかず言葉を濁す。
「僕はまだしも、沙月が誘って来てくれるかどうか……いや、蘭さんからのお願いだったら聞いてくれるかも…」
「沙月さん、あんまりこういうの好きそうじゃないですか?」
「正直分からないですね…あいつが泳いでるところ、見たことないので。水着姿も想像つかないですし…」
「そうですか?沙月さん、スタイル良いから似合うと思ったんですけど……」
「スタイルは良いかもしれないですけど…その、腹筋バキバキなんですよね。あいつ」
「「え?」」
二人が揃って抜けた声を出す。
いつだったか、沙月がお客さんにせがまれて見せていたのを見たことがあるのだが、一度見たら忘れないくらいあいつは良い腹をしていた。仕事柄体力も筋力も必要なので鍛えているのは知っていたが、よくもまああそこまで仕上げたものだ。女性だから男性よりもキツいだろうに。
それを知っているので、王子じゃない沙月を知った今でもどうも水着姿というのが思い浮かばなかった。美人とは違う意味で注目の的になりそうな気がしてならない。
「あとは傷が気になるところですかね…」
「傷……ですか?」
「はい。沙月、背中に大きい傷跡があるので…」
何年か前に大怪我したときのが残っちゃってて、本人が結構気にしてるみたいなので。
普段は服で隠してるけど水着だとその傷が見えちゃうんじゃないかな、と付け加える。
「何はともあれ、とりあえず聞いてみますね。お二人の頼みなら聞いてくれるかもしれませんから」
「「よろしくお願いします!」」
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