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「…ということで女の子がお前と遊びたがってるんだけど、どうする?」


『興味を持って貰えてるなんて光栄ね』




ポアロで安室透としての仕事を終えた数時間後、僕は沙月と彼女の家の風呂場にいた。

もちろん風呂に入っているわけではない。湯船にお湯は張っておらず、シャワーも使わないので邪魔にならないようにどけておいた。




『再来週なら多分空けられると思うわよ』


「え、仕事は大丈夫なのか?」


『ええ。今週中には一段落する予定だから』


「…それならもっと別のにすれば良かった」


『あら、ごめんなさいね』




櫛を片手に、椅子に座った僕を鏡越しに覗き込みながら沙月が笑う。


沙月が忙しいせいでこの前言われた“埋め合わせ”がいつになるか分からなかったから、すぐに出来そうな「散髪」を今日この家に来る前に彼女に頼んでいた。
クセがありお店でも扱いにくいと言われる髪なのでいつも自分で切っているが、後ろはどうも切りにくい。だから沙月に頼んでみた。これなら僕が彼女の家に出向くだけでやってもらえる…と思ったのに。

まあ、仕事が落ち着いたなら改めて遊びに誘えば乗ってくれるかな。
これでどちらかというと問題があるのは僕の方になってきた。まさかこんな簡単に頷いてくれるとは思っていなかったから。




「僕も頑張って有休もぎ取ってくるか……」


『大丈夫なの?』


「何とかするさ…お前が行くなら僕も行くよ」




有休なら腐るほど余ってるし。
そう言ったら「もう腐ってるんじゃない?」と返された。否定はできないが、お前も似たようなものだろ。


ご丁寧に美容院みたいに肩にタオルを掛けてから、沙月が僕の髪を撫でるように梳かす。
やがて櫛を小さなハサミに持ち替えた沙月は、「どうなっても知らないわよ」と呟いてから髪を一束手に取った。




「多少不恰好になったっていいさ……気にするような職業でもないしな」


『プロでも難しいことを素人にやらせるなんて…』


「お前器用だし、大事にはならないだろ」




さく、さくと耳元で髪の毛が切れる音が響く。柄にもなく緊張してるみたいで、鏡に映る彼女の顔は真剣そのものだった。
沙月の細い指が僕の髪に絡まって、時々鏡を確認するために僕の両肩に手を置いて、すぐ横で屈んで覗き込んで――そのひとつひとつの動作に、真面目な表情に、どうしようもなく胸が甘く疼く。

幸い鏡の中の僕の顔は赤くはなくて、本人にバレるようなことはなかったけど、ちょっと前までの僕ならなんとも思わなかったであろうことに心が動かされていることはこの身でハッキリと感じていた。…こんなんで一緒に海なんか行って大丈夫かな。でも絶対レアなチャンスだから逃したくない。


軽く引っ張ったり摘んだり、落ちた毛を払ったりしながら、最後に沙月は「これでどうかしら」と僕の後ろから鏡を覗き込んだ。




「うん、僕がやるより上手い。これからはお前に頼もうかな」


『別にいいけど…。どうもその綺麗なブロンドを切るのは勿体ない気がしちゃうわね』


「…僕はお前みたいな綺麗な黒髪が良かったよ」


『…知ってる。ないものねだりね、お互い』




鏡の中の微笑んだ沙月と目が合う。
なんでこんなに優しい眼差しに、今まで気が付かなかったんだろうか。




「さ、夕飯にするか。再来週楽しみだな〜」


『もう若くないんだから、あんまりはしゃがないのよ』


「…僕にそんなこと言うのお前くらいだぞ」




まず言われないような言葉に口を尖らせたら、片付け中の沙月に「でしょうね」と笑われた。
こんな雑なやり取りにすら心のどこかで嬉しさを覚えてるんだから、もう本当にどうしようもない。


夏休み、早く来ないかなあ。







サマーバケーション 0


(短い夏休みね)
(好きでやってるから仕方ないな。僕もお前も)







END.







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