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「まさか園子さんとも知り合ってるとは思いませんでしたよ」




乗り込んでからすぐに引っかかった信号待ちの間、運転席に座っていた安室が呟いた。
後ろにはコナン君と、それを挟むように座った蘭ちゃんと園子ちゃん。基本的に二人で乗ることが多いこの車にしては随分と大人数だった。


どこまでも晴れ渡る青い空と、絶えず耳に響くセミの声。
向かう先は、海。




『あら、手は早いのよ。わたし』


「知ってますよ……」


『それにしてもどうしてわたしが助手席なのかしら?』




可愛い女の子が二人もいるのに、どちらの隣にも座れないなんて。
不満たっぷりに言い放てば隣で安室が苦笑する。

家の場所の関係で私が乗り込んだのは最後。
コナン君と蘭ちゃんが並んで後部座席に座り、その後園子ちゃんが蘭ちゃんの隣に座るのは読めていたことで、ある意味必然と言えば必然。
でもやはりこうなってしまったのには不服だった。というのも、なるべく変な誤解を生むような状況になるのは回避したいから。
この人はどうも私と仲が良いのを隠すのが下手らしいし。




「仕方ないじゃないですか。この車で後ろに大人三人は無理なんだから…」


『…まあ、ビーチに着いたら存分に両手に花を楽しむとするわ』


「お前はほんとそればっかだな…」


『当然よ。そのために今日来たんだもの』




できるなら「王子」として来たかったけど。
言いながら、かかとの高いパンプスを履いた脚を組み替える。

本当は“あの格好”でここに来たかった。
最初はこの人の友人として男みたいな格好は避けようとしてたけど、今となっては本人の希望でバレてるし、それならあっちの方が安室と変な噂になりにくい。

が、本日の行き先は海。さすがに水着となると女であることを隠しきれない。今日は王子は諦めて、最初あの店に行った時のように“安室透の友人として”隣に立てるかどうかを優先した。




「わたしも“王子”生で見てみたいなー!動画、めっちゃかっこよかったから!」


『あら、見てくれたのね』


「あの後園子と一緒に見たんです。でも今日の沙月さんも楽しみですね、素敵な水着が買えたから」




後ろで園子ちゃんと蘭ちゃんが嬉しそうにそう言ってくれる。

この前、実は安室に内緒でこっそり二人と買い出しに行っていた。園子ちゃんと事前に知り合っておきたかったし、水着なんて家になかったから。
おかげで二人とは仲良くなれたし、連絡先も交換できたし、職場の宣伝用SNSアカウントも教えられた。どうやらときどき職員が上げている私の動画を見てくれたらしい。どれも私が「王子」を存分に利用している営業用の動画だが、気に入ってもらえたなら何より。




「さあ、見えてきましたよ」




安室の声で視線を前に戻す。

トンネルを抜けた途端窓の外に広がった青い海に、後ろの三人から感嘆の声が上がった。




──




「蘭さん達は自分の荷物だけで大丈夫ですよ。それは僕が持ちますから」




駐車場に車を停めて外に出る。時期が時期だからか、早めに家を出たのに車も人もすでにいっぱいだった。




「わたしより沙月さん手伝ってあげてください、すごく重そうなパラソルなので…」


「え?ああ…」




クーラーボックスを持とうとした蘭ちゃんを安室が止め、直後に彼女の一言でこちらを振り返る。
そのキョトンとした顔につられてこちらまで一瞬呆けてしまった。




「……手伝うか?」


『貴方が気遣いなんて気持ち悪いわ…』


「…だそうなので、大丈夫ですよ。すみません、沙月にそういう心配したことなかったので…」




ハハ…と安室が乾いた笑いを零す。反射で漏らしたのは別に喧嘩を売るつもりはない、率直な感想だった。
出会った当初から女として扱われたことがないので、この人にそれっぽい対応をされると調子が狂う。この人の気持ちを知った今だとしても、だ。




「じゃあ女性陣から着替えてきてください。女性の方が混むと思うので」


「「はーい」」


『荷物ここに置くわね』


「ええ、どうぞ」




適当な場所を見つけて荷物を置く。空いている場所があって良かった。
荷物の番を安室とコナン君に任せ、二人と一緒に更衣室に向かった。







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