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「うーーーん…」




真夏の海、水着の男女で賑わう小さなレストラン。
どうにか確保したテーブル席で、目の前に座った女の子から何やら熱い視線を注がれていた。




「ど、どうしたんですか?園子さん…」


「どうしたも何も……二人に全っ然なんにも起きないからつまんないのよ!」


「そう言われましても……」




ハッキリと言い放たれた彼女の言い分に苦笑する。


どうやら園子さんは未だに僕らの関係が気になっているらしく、朝合流したときからしばしば視線を感じていた。沙月から事前にそうらしいとは聞いていたけれど。
蘭さんから話は聞いてるはずだし、沙月もこの前会ったときにちゃんと否定しといたって言ってたんだけどな。

店に入る前、「荷物の番」を僕ら二人に頼んだ彼女は蘭さんやコナン君と共にしばらく海へ出ていたが、その間に遠目で見張られていたらしく。
カップルで賑わうビーチに二人きりにすれば絶対何か起こると思った、と園子さんはネタばらしをした後に不満そうに頬杖をついた。




「それなのに安室さんってば、まさか寝てるなんて……」


「アハハ…」




ハァ、と溜息を吐かれたので笑ってごまかす。

普段なら見張られていればどこかしらで気が付くと思う。相手が素人なら尚更だ。しかし全く気付かなかったのは、僕が思いっきり眠っていたからである。
沙月に休めるときは休んでた方がいいと言われ、その言葉に甘えてついさっきまで仮眠していた。こんな人の多い場所で無防備に寝れたのは、もちろん隣にこいつがいたからに他ならない。


おかげで園子さんの期待していた“何か”は起こるはずもなく、それどころか彼女達が海から引き揚げてくるまで会話のひとつすらしなかった。我ながらなんて色気のない男女なんだろうとは思う。




「浮き輪もお揃いだし、今も同じパフェ突っついてるのに?これで何もないなんて信じられないんだけど……」


「わざと隠してるだけなんじゃない?安室さんも沙月さんもモテモテみたいだから」


「(余計なことを…)」




今まで珍しく黙っていたコナン君がここにきて口を開く。しかも事実に限りなく近いことをさらりと言いのけた。
思わず心の中で悪態をついたが、顔には出さない。

浮き輪がお揃いなのは僕がまとめて買ったときに選ぶのをめんどくさがったから。僕がデザートを沙月に分けて貰ってるのは僕一人で全部は食べきれないと判断したから。
並べた言葉は言い訳に聞こえるかもしれないが、それらはすべて事実で僕は嘘をついていない。

とはいえ沙月には勢いで僕の上着貸しちゃったし、こんな状況で何かを話したって裏目に出るだけな気もする。
どうしたらこれ以上追及されないかな、と沙月に視線で助けを求めた。




『…少しだけでも話したら?差し支えない程度に』


「そうしますか…」


「やっぱり何かあるんですか!?」


「園子さんの思ってるのとは違うと思いますけど…」




――沙月が僕の仕事仲間だってことは聞いてますよね?

目を輝かせている彼女には悪いが、この先に支障が出ないように、今ここでスッパリ諦めてもらおう。




「…僕と沙月はね、簡単に言えば“お金の関係”なんですよ」




短くそう言い切れば、目の前の三人は面白いくらいに揃って固まる。

「探偵業の助手」や「仲の良い友達」などとは言ったが、実のところ沙月にはきちんとお金を支払った上で働いてもらっている。つまりは僕が雇う側で、沙月が雇われる側。一般的な会社とは少し違うが、仕事上僕が上司で沙月は部下。
お互いにビジネスパートナーであり、それ以上でもそれ以下でもない。

そして決定打は、沙月と契約したときに決めた「絶対に恋仲にならないこと」。




「ど、どうして?」


「僕、仕事に面倒な人間関係を持ち込みたくなくて。だから人を雇うことも元々考えてなかったんですよ。
 でも沙月の実力を一目見て、これは見逃せないと思ったから」




絶対に仲間にしたいけど、人間関係で拗れたくはない。
それなら契約時に“ルール”を盛り込んで、破ったら後腐れなくそこで終わりにすればいいと思った。




「僕は沙月を手放す気はありませんし、」


『わたしもクビになりたくはないわね。この人の仕事、割がいいから』


「…だから、もし“そう”なったら契約違反で僕らは終わりです。約束を守らない人と組む気はありませんから」




助手に裏切られたら、探偵業なんてすぐ失敗しますからね。
なるべく笑顔で言ったつもりだったが、向かいの三人は閉口してしまった。少し、「安室透」にしては口調が冷たかっただろうか。

見かねたのか、隣で溶けたアイスをスプーンでかき混ぜていた沙月が口を開いた。




『そもそもわたし、この人の好みじゃないしね』


「ばっ、お前…!!」


「「安室さんの好み知ってるんですか!?」」


『…あら、この子達には話してなかったの?』




いつも嬉しそうに話してくれるから、てっきり言いふらしてるものかと。
少し意地悪な顔をした沙月がこちらを覗き込む。




『実際に会ったことはないけど、少なくともわたしとは違うタイプね』


「ど、どんな!?」


『これ以上は言えないわ…わたしが言ったことも他の子には内緒よ』




――上司に怒られちゃうから。
人差し指を唇にあて、沙月がウインクする。

最後に僕に一度だけ視線をやった沙月は、「そろそろ出ましょうか」と席を立った。





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