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「…あそこまで言わなくても良かったんじゃないか?」
『あのぐらい言っとかないとまた疑われるわよ。女子高生なんて青春真っ盛りなんだから』
沙月と小声で話しながら店を出る。酔った勢いでした昔話をこのタイミングでされるとは思っていなかった。
確かに恋愛関係を否定するには手っ取り早い方法だけど、沙月が僕の好みじゃないなんて。沙月は僕の気持ちを分かってくれたと思ってたし今も思ってるのに、あんなことを言われると少し不安になる。
――さっきの話、沙月はどんな気持ちで聞いていたのだろう。
だんまりのまま歩いて見覚えのあるビーチパラソルの場所まで戻る。荷物と入れ替えで今日のために買ってきた浮き輪を手に取った。沙月に買ってきたのと色違いの、同じ柄の浮き輪。せっかく張り切って膨らませたのに、まだ今日は一度も使われていない。
「さーて、僕も少し泳いでこようかな」
『…いいんじゃない』
「何他人事みたいに言ってるんだ?」
お前も来るんだぞ、と言ったら後ろにいた沙月は心底嫌そうな顔をして。
さっき疑いを晴らしたばっかなのに余計なことをするな、とでも言いたそうだった。それは僕も分かってるけど、でも、諦める気はない。
僕らは恋仲ではない。ここにいるたくさんのカップルの中の一組ではない。僕が君を隣に置くときにそう決めたから。そういう契約だから。
だからこれは決して恋人へのお誘いではなく、ただ友達に、一緒に海で泳ごうという。たったそれだけの、よくあるありふれたお誘いだ。
「……僕を独りにする気か?」
小さく付け加えた言葉は、もしかしたらありふれていないかもしれないけれど。
『…しないわ。ちょっと行ってくるわね』
着ていた上着を脱いで沙月が立ち上がる。
その目元はひどく優しくて、本当は嬉しくて繋いでしまいたい手を伸ばしかけて、思いとどまって引っ込めて。代わりに彼女の細い腕を掴んで、子供みたいに引っ張って青く輝く海へと向かう。
自分を演じるなんて毎日息をするのと同じようにしてるのに、「友達」を演じるのは何故こんなにも難しくて苦しいのだろう。
「……ほんと、僕って見る目ないな」
『あら、喧嘩なら買うけど?』
「そうじゃなくて…。…こんなに良い女を、絶対に恋をしない相棒として選んじゃうなんて」
――どうかしてる。
他の人に聞こえないように控えめに言ったら、隣の沙月がふっと笑った。
後ろから女の子二人が掛けてくれた「行ってらっしゃい」の声が、やけに遠く小さく感じた。
――
「楽しかったですか?」
日が傾いてきた頃、遅くならないうちに帰ろうと話がまとまり着替えてから駐車場へと向かう。
こんなに遊んだのは久しぶりだ。仕事で忙しいし、遊びに誘ってくれる友達もいないから仕方ないけれど。
この計画を立てた女子高生二人に感想を聞けば二人とも嬉しそうに頷いてくれた。ちょっと違う目的もあったようだけど、海に行きたかったのは本当だろうし楽しめたのなら良かった。
コナン君にも「楽しかったかい?」と聞いてみて、「うん!」と元気な返事を貰って安心する。
行きと同じように三人を後ろに乗せてから、僕と沙月は持っていた荷物を順番にトランクに積み込む。
積み終わって運転席へと向かったら、沙月が「鍵」と言ってこちらに手を差し出した。
「え?」
『わたしが運転するわ。行きは貴方に任せちゃったから』
寝れるときに寝ておきなさい、と昼間にも言われたことをまた言われる。
昼寝したし大丈夫だと言ったが沙月は引き下がらなかった。
「…じゃあ、頼んじゃおうかな。こんなに遊んで休んで、充実した夏休みだな…」
『貴方働き詰めなんだから、わたしにできることはやらせなさい。行きだってレンタカー借りればわたしが…』
「……、ありがとう」
気を遣ってくれることが嬉しくて、そっと傍に寄ってその肩に頭を預ける。
また怒られるかもと思ったけど、三人の目が届いてないからか軽く頭を撫でられただけだった。
「あれ、沙月さんが運転するの?」
『ええ。行き帰り上司に運転させるのも忍びないから』
「今更持ち上げたって給料は上がらないぞ?」
『期待もしてないわ』
「はっきり言うなお前……」
さっきまでの沙月はどこへやら、冷たくあしらわれて苦笑する。
演技には自信があったけど、「友達のフリ」は僕よりもこいつの方が上手いかもしれない。
走り出した車の窓の外、だんだんと遠ざかる水平線に夕日が沈んでいく。みんな遊び疲れたのか、車内にはラジオから流れる音楽が控えめに響いているだけで。
あまり見ることのない助手席からの景色を目に映しながら、次第に襲ってきた睡魔に身を投げた。
サマーバケーション 2
(短くて、)
(でも、きっと忘れない)
END.
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