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──




「………」




一連の事情を聞かされて頭を抱える。
言葉こそ選んでるものの、彼女は淡々と今日あった出来事を話してくれた。




「…ごめん。本当にごめん」


『いいえ』


「消えてなくなりたい…」


『わたしの努力が水の泡になるからやめてくれる?』


「う…ごめん……」




迷惑をかけたどころの話ではない。

変な薬を飲まされた男の看病。女性からしたらトラウマものではないだろうか。
理性ぶっ飛んで襲わなかっただけ不幸中の幸い。沙月なら僕に抵抗する力はあると思うけど、「襲った」という事実だけで今後の関係が途切れるのは必須。本当に、本当にそれだけは安心した。




「僕、キミに変なこと言ったりしてた…?」


『そうね……何か言ってた気がするけど』


「な、何言ってた?」


『……』


「えっ、まさか口にも出せないような…!?」


『いや、そんなことないけど…。ごめんとか…好きとか?』


「…!!!」




──ぶわり。
下がりつつあった熱がぶり返す。


“ごめん”はいいが、“好き”は問題だろう。
僕たちは付き合っているわけでも何でもない。たまに彼女の家に転がり込むことがあるが、それはあくまでも仕事の都合上。
プライベートで一緒にいたことは一度もない。

仕事上の付き合い。仕事だけの関係。今この時間に同じホテルにいるだけでも思うところがあるのに。
全裸なので土下座をするにもできず、頭だけ下げた。




「ごめん。本当に申し訳ない。気の済むまで殴ってくれ……」


『せっかく良くなった病人を怪我人にしても仕方ないでしょ』


「……。他は…他は何も?」


『目立ってたのはそれくらい。あとは…言われたから手握った』


「ごめん…」


『気にしてないから大丈夫』




「これだけで済んでるんだから良い方なんじゃない」。
さらっと言いのける沙月は本当にその気のようで、恥ずかしそうな感じも気まずそうな感じも一切なかった。
いつも通り、ポーカーフェイスで淡々と任務をこなしていく彼女そのもの。

きっと僕に気を遣わせないようにしてくれているのだろうけど、それでもまるで仕事の一環みたいに話す沙月に胸がチクリと痛んだ。




「(ほんとに好きだと思ってなかったら、薬飲んでも“好き”なんて言わないだろ)」




ましてや理性飛びかけてるときに、本心以外のことが出るわけない。
咄嗟に沙月に電話したのも、そういうことを口走ったのも、すべて僕が普段から思ってたから必然的にそうなっただけだ。




「(抱きたいって…言わなかっただけマシか……)」




断片的な記憶はまだぼんやりしててどこからどこまでが夢なのか分かっていないけど、少なくとも風呂場では沙月を想っていた。

口ぶりからしてそれはバレていないみたいだし、被害は最小限なのかもしれないが、散らかした現場を片付けてもらったことや裸を見られた可能性があることはどうしても引っかかる。無意識下で気になる人にセクハラをしていたわけだ。…ああ、考えていたらまた熱が上がりそう。




『…安室。起きるのもいいけど寒いんじゃない?これ羽織って』


「…、あ……」


『今後の為に言い訳しとくけど、すぐタオル掛けたから見てないわ。
運んだときもタオル巻いておいたし。…ああ、でも下着は見ちゃってるわね。ごめんなさい』


「……。
下着なんかどうでもいい…沙月が謝らないでくれ」




上半身を起こしていた僕に沙月がジャケットを羽織らせる。
「もう少し寝てたら」とぶっきらぼうに気遣いの言葉を投げてくる彼女は、どこまでも優しかった。




「(髪梳かしてくれたの…夢じゃなかった)」




ベッドのすぐ傍に置いてある櫛を見付けて、それが現実だったと知る。

髪を整えてくれたのも、目が覚めるまで手を繋いでくれていたのも。
夢だったかと思ったけど、夢じゃなかった。
真面目で仕事にストイックな彼女が僕のためにここまで世話を焼いてくれたことが嬉しかった。




『次起きる頃には服乾いてるから。
気にせずに寝てて。こっちは適当に過ごしてる』




ギシリと沈むベッド、寝転がった視界に沙月の下半身が映る。
顔が見たくて見上げたら、同時に布団を掛け直された。




「…沙月は、これが僕じゃなくても同じことをするか?」


『それは否定して欲しいの?』


「………」




うん、多分。

“薬のせい”にできなくなったからもう頷くことはできない。
黙ったまま視線を逸らして寝る体勢に入る。


彼女のことだ、きっと誰にでも優しいのだろう。
助けて欲しいと言われれば精一杯応えてくれる。仕事のときはいつもそうだ。そういう人なんだ、彼女は。
そう思い込めばこの先も思い悩まずにまた一緒に仕事ができると思った。彼女に嫌われる不安に襲われることなく、平常心でいられると思った。

思ったのに、
胸の痛みは治まるどころか、増していくばかりだった。




「(もう一回寝て起きたら、きっと…)」


『…仮に、』


「…!」


『安室じゃなかったとしたら。
駆け付けはする。余程距離が離れてでもない限りね』


「……」


『ただ、ここまで面倒見るかと言われるとそれは分からない。
嫌になったら途中で見捨てて帰るかもね。わたしがそこまでしてあげる義理もないし』


「……、」


『少なくとも、安室がわたしにとってどうでもいい人だったらここまでしてない。
…だからそんな顔しないでよ』




ふと気配を感じて目を開ける。
細い指が目元を拭って、そこで初めて自分の涙に気付いた。




『おやすみ。良い夢を』




するりと髪を撫でてから、彼女の気配が離れて行く。


そんなことを思ってしまえばこの先辛いだけなのに、
その優しい声を、自分のものにしてしまいたいと強く願ってしまった。






きみのこえがきこえる


(きっとそれは、夢の中)




END.






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