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「いらっしゃいませー」




今日も何食わぬ顔をしてポアロのシフトに入る。


あれから二週間。沙月とは一度も会っていない。
会っていないどころか電話すらしていない。沙月に頼みたい仕事があったが、どうも顔を合わせづらくて他のやつに頼んでしまった。
要領からして彼女の方が絶対早く終わらせてくれるのに。




「安室さん、また何か考え事?」


「えっ…」




蘭さんとお茶をしに来ていたコナン君に声を掛けられる。
同じことを一週間ほど前にも言われていた。




「疲れてるんじゃないですか?ここ最近いつもよりシフト入ってるみたいだし」


「うーん…そうかな……」


「ほら、たまにはゆっくり休んでみるとか…」




心配そうに声を掛けてくれる蘭さん。彼女には悪いが、これは間違いなく疲れからくるものではない。
原因なんか考えなくてもわかる。明らかに沙月だ。

沙月を仕事の相手として選んでからしばらく経つが、こんなに悩むのは初めてだ。
そもそもこういう風に悩まないと思ったから沙月を選んだのに。

あのサッパリした性格、クールな風貌に見合う立ち振舞いと頭の回転の良さ。女性だけど良い意味で女らしくない。“ビジネスパートナー”としてこれ以上はいないと思ったから彼女を選んだんだ。
前からかっこいいとは思っていたけど、いつの間に恋愛感情と入れ替わっていたのだろう。気付いていないフリをしていたがこの前の出来事のせいでそれも出来なくなってしまった。




「安室さーん!お客さんよ!」


「え?あ、はい?すみません、ちょっと失礼…」


「あ!」




多分トドメはあれだ。僕が起きるまでずっと手を握っていてくれたこと。
話を聞いたら三時間くらい握っていた計算になるものだから溜め息しか出ない。自分から言っておいてあれだけど、従う沙月も沙月じゃないだろうか。

もやもやと先日のことを思い出していたら入口近くでお客さんの対応をしている梓さんの声が聞こえた。それに対し、何故か僕よりも先にコナン君が反応を見せる。

こんな小さなカフェでどうして名指しなのか疑問に思ったが、来客したその人を見たら意味が理解できた。




「──沙月!?」




反射で思わず出た声は思っていたより大きくて、店内全員の視線を集めてしまった。




「あ…」


『そんなに驚くこと?』


「…ちょ、ちょっといい?沙月、一旦外へ」




次第にざわつく店内にいたたまれなくなり、咄嗟に外へ沙月を連れ出す。
沙月を含めたその場にいた全員が頭にハテナを浮かべているのが分かった。


後ろ手にドアを閉め、周りに人がいないことを確認する。




『なんで外?』


「ご、ごめん。ちょっとびっくりして……」


『どうでもいいけど、腰はセクハラになりかねないからやめた方が良いと思う』


「えっ!?あ、ご、ごめん」


『……なんか大丈夫?』




気付かない間に腰に手を回していたらしく、慌てて沙月から離れる。おかしい、女性を抱き寄せるときは肩に回すようにしていたはずなのに。

自分でもらしくないと思うほど取り乱す僕を見て沙月が怪訝な顔をする。でも、そうなったのは間違いなく沙月のせいだった。




「沙月の私服…初めて見た……」




いつになく心臓がうるさい。考えてた人が突然目の前に現れたから無理もないけど。
沙月がここに来たことももちろん驚いたけど、一番はプライベートの彼女の印象が仕事のときとあまりにもかけ離れていたことだった。

いつもひとつに束ねている髪はおろしていて、そのせいか大人びて見える。
仕事柄長い細身のズボンと暗い色の上着しか着ない彼女は、今日は淡い色で短い丈のワンピース。
詳しいことは分からないが化粧の仕方も違った。薄化粧で着飾らない人だと思っていたのに、今日はひと目でわかるほど濃いピンク色のルージュ。


どこからどう見ても、文句なしの美人だった。




『…思ってたのと違った?』




小首を傾ける沙月に心臓がどきりと音を立てる。
雰囲気こそ違ったけど、その色気のある笑い方は変わらなかった。




「ああ…違ったよ。
みんな驚くだろうね。沙月の仕事姿を見たら」


『それは褒めてるの?』


「もちろん。今の君ならアイドルやモデルって言ってもみんな納得すると思うよ」


『…ここでの貴方はいつも以上に胡散臭いのね』


「やだな…さすがの僕もそれは傷付いちゃう」




見た目こそ違えど中身はそのままの沙月に、だんだん乱れてた心も落ち着いてきて普通に話せるようになってくる。
それが伝わったのか、「そろそろ戻ろうか」と沙月が店のドアに手をかけた。




『…冗談よ。
今日ここで安室に会うから気合い入れてきた。…褒めてくれてありがと』


「!」




「嬉しかった」。
それだけ言って沙月が店内に戻っていく。


こちらを振り向いて笑うその人は、どこからどう見ても戦いとは無縁な“女の子”だった。




「あんまり可愛いこと言わないでくださいよ…」




頭のキレと銃の腕前に惚れ込んだ仕事モードの沙月とのギャップがすごい。
もっと早くにプライベートで関係を持っておいても良かったかななんて、そんな考えてはいけない思考になってしまう。

閉まりかけたドアに手をかけると、先に入っていた沙月が「何か言った?」ともう一度こちらを振り向く。
沙月曰く“胡散臭い”笑顔を貼り付けながら、「何でもありません」といつもより小さく見えるその背中を追いかけた。




 


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