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「わあ〜かわいい!」




小さな部屋で、にゃあにゃあと猫の声がそこかしこから聞こえてくる。

ここを訪れたことはまだ記憶に新しい。前と違ったのは、今日は一人で来たわけではないということ。
一緒に部屋に入った女子高生二人が嬉しそうな声を上げて近くにいた猫に寄っていく。人見知りな猫が多いせいですぐに遊具やソファに隠れられていたが、それでも二人は楽しそうだった。




「全部で何匹いるんですか?」


『この部屋には8匹、隣の部屋に6匹。慣れてない子は個別のゲージで飼ってるわ』


「これみんな保護猫ってこと?」


『ええ。捨てられてた子、保健所から引き取った子……いろいろいるわ』




ドアを閉め、手慣れた様子で部屋にいた猫のうち一匹を抱きかかえた沙月が客人に説明をする。


今日は沙月からの誘いで蘭さん達と沙月の仕事場に訪れていた。
いつの間にか営業のポジションにいた沙月は隙あらば宣伝をするから、彼女の誘いをきっかけにここに来る人は多い。もちろんネットの記事を見て来る人もいるのだろうけど。
飼い主を探すにはとにかく数で攻めるのがいいと前に沙月が言っていた。何でもいい、知ってくれさえすればここにいる身寄りのない子の引き取り手が見付かるかもしれないと。


一通り説明が終わると、園子さんが携帯を取り出して沙月の抱えていた猫の写真を撮り始める。




「これを人に見せたり、ネットに投稿したりすればいいわけね!」


「うちの事務所にもチラシ貼っておきますね。お客さんが見てくれるかもしれないから」


「ボクも学校で声掛けてみるよ!」


『ありがとう。助かるわ』




柔らかく微笑む沙月の隣で一緒になって微笑む。

いつもなら沙月に仕事の依頼をしに来ているこの場所。今日はそれは特になかったけど、コナン君が着いてくるというから念のためバイトを休んで様子を見に来た。
今のところ変な探りを入れられてはなさそうだし、沙月の本業も順調そうだ。ついでに僕もチラシをもらってポアロに貼らせてもらおうかな。

見覚えのあるこの“猫部屋”をぐるりと一周見渡していたら、ふとあることに気が付いた。




「…あれ?この前いたあの子、いなくないですか?」


「あの子?」


『ああ、耳の切れてた子?あの子なら小さかったからすぐ貰い手が見付かったわ』


「へえ、そうなんですか」




たくさんいる中で唯一覚えていた猫はどうやらもうここにはいないらしい。耳が片方ないこと以外は健康だったから、新しい飼い主に引き渡したと。
沙月にすごく懐いてたから今頃寂しがってるんじゃないかな。何気なくそう呟いたら、「大丈夫よ」と沙月が笑った。




『わたしはこの子達を幸せにしてくれる人を探すためにここにいるから。きっと新しいところであの子も幸せになってるわ。
…さ、そろそろ次に行きましょう』




抱えていた猫を床に下ろして、沙月が綺麗に微笑む。
口には出せなかったけど、お前のそういうところが好きだなと心の中で呟いた。




――




「沙月さん、確かに王子様みたいだね」




遠巻きから沙月達を眺めていたコナン君がそう零した。

場所は変わって屋外の開けたスペース。普段はドッグランとして使われているその場所で今日は沙月が馬を走らせていた。
ここの名物、「白馬の王子様」。白馬に蘭さんを乗せた沙月が自分もその後ろに乗り込み、順番を待っている園子さんに手を振っている。




「ウケが良かったからってエスコートの仕方とか調べて真似してたら、噂が広まっちゃったみたいでね。すっかり定着してるよ」


「ふーん…それで女の子にモテるんだね…」


「まあ、仕事とはいえ優しいしかっこいいからな。モテるのも分かるよ」




コナン君は乗らなくて良かったのかい?と僕と共に柵の外にいる彼に尋ねたが、僕は見てるだけでいいやと返ってきた。乗馬にはそんなに興味がないのだろうか。
かくいう自分も断った身なのだけど。あいつが男とは乗らないのを知っているので。

楽しそうにはしゃぐ二人と同じように笑う沙月を見て、本当にこの仕事が好きなんだなと心から感じる。




「これで沙月が怪しい奴じゃないって分かってくれたかい?」


「…な、なんのこと?」


「僕と組んでるって言うから気になってたんだろ?見ての通り、ただの動物好きな良い奴だよ」




――最初にここに来たいと言ったのはコナン君だったみたいだしね。
蘭さんからこっそり聞いた話を持ち出せば、彼は観念したような顔で「そうみたいだね」と言った。やっぱりまだ何か疑ってたか。
あっちの二人は僕と沙月の恋愛事情が気になってたみたいだったけど、コナン君はそれよりも沙月という人間そのものが気になっていたに違いない。仕事内容は以前軽く教えたけど、実際どうなのかってところだろう。
ここまで素性を見せておけばさすがに今後変な方面で疑われることはなくなるだろうか。

そうやってしばらく女子三人が楽しそうにしているのを眺めていたら、何やら沙月と話をした後に女子高生二人だけが先に戻ってきたので彼女らと合流した。







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