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店に入った途端、何かが足元へコロコロと転がってくる。
「あっ、すみません!」
続けて聞こえた声に目を向けると、そこには高校生と思わしき制服を着た女の子の姿。
事情が分かり、転がってきたシャープペンシルを拾い上げてから目を合わせるようにして微笑む。
『お勉強中?』
「えっ、あ、はい…」
『偉いわね。頑張って』
少し屈んで女の子の手を取り、両手で挟み込むようにして拾ったペンをその小さな手のひらに乗せる。
顔を赤くした女の子は、早口で「ありがとうございました!」と言うと慌てた様子で席へと戻って行った。
「うちのお客さんに色目使うの、やめてもらえませんか?」
『あら、ペンを渡しただけじゃない』
「お前はそうやっていちいち余計なことをするから……」
長く溜息を吐いて現れたのはこの店の“看板”。
出迎えてくれたその人は、初日のように営業スマイルを作ってくれることはなかった。
――
「今日はおひとりなんですね」
カウンター席に案内されて腰掛けると、注文したカラスミパスタの準備をしている榎本さんが話しかけてきた。
その横には洗い物を片付ける安室の姿。
この前連続でうちの常連さんを連れてきたせいなのか、私の言動のせいなのか。“そういう”イメージが彼女の中でつきかけていることをここで察する。
最初の頃はここも一人で来てたし、実際そんな頻繁に若い女の子を連れて歩いているわけじゃないのだけど。
『仕事柄急な呼び出しが多いから、基本は一人で行動してるわ。この前のは偶然が続いただけ』
「あ、そういえば前に呼び出されてましたね…」
『時間が読みづらい仕事だから、ある程度は仕方ないんだけど。そこの上司も人使いが荒いし…』
「何か言いました?」
名前こそ出さなかったものの、指名されたと分かった安室がにこやかに顔を上げる。笑顔に対しての声が低い。
“安室透”があんまり見せなさそうな表情だ。
しかしながら、私の吐いた嫌味は事実に基づいたもので。
過去に夜中の2時に電話で起こされてタクシー代わりに使われたことを話すと、榎本さんは「そんなことさせてるんですか?」と目を丸くして安室を見た。
「あはは……いや、たまにですよ?足に困ったときに…」
「ダメですよ、女の子にそんなことさせちゃ!」
『ああ、そこは別に良いのよ』
帰りがけに立ち寄ったので今日はいつもの仕事着スタイル。女として扱われないことには普段から慣れているから、その点については気にしていない。私の代わりに怒ってくれた榎本さんに感謝する。
「でも階川さん、すごく美人さんなのに…」となおも続けてくれた彼女に、ふっと笑ってからもう一度「ありがとう」と礼を言った。
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