5





「…撮れました!お二人ともイケメンだからドキドキしちゃいました…!」


『ありがとう』


「ありがとうございます」




すぐに僕を下ろして沙月がスマホを受け取る。…一瞬だったな。
どうせ残しておけない写真ではあるけど、見るだけ見ておこうと思って一緒に画面を覗き込んだ。




「……お前といるときの僕はこんな感じなんだな」


『そうね。自然体で良いじゃない』


「…うん、ありがとう」




画面に映った写真を眺める。
沙月がめかし込んでくれていて、その横で僕も柔らかく笑えていた。構図こそ恥ずかしいけど良い写真なんじゃないかと思う。

今の沙月と同じように普段から役を作って生きている自分。「安室透」は穏やかでよく笑う人物だけど、その笑顔はいつだって作り物だ。
僕が僕として笑っていられる場所は限られていて、そのうちのひとつがこいつの隣なんだと。写真を見たら自分でも分かった。


僕の言ったお礼は「削除しても良い」という合図で、それを受けた沙月の指がゴミ箱の形をしたアイコンに伸びる。




『…はい。じゃあ、姫はこれで帰るのかしら』


「うん、そうする。そろそろ移動しないとまずいしな」




あっという間だった。次の人が待ってるから、僕はもうこれで退散しよう。サービスも無事に受けられたことだし。
別れ際に手を振ろうとしたとき、同時に沙月が口を開いた。




『……いつか、ちゃんとしたのを撮りましょうね』




小さく呟いて沙月が笑う。
客のために作った「王子」の笑顔じゃなくて、さっきの僕と同じような、はにかんだ自然な笑顔で。

顔には出さないようにしていたのに一気に頬が熱くなったから、吐き捨てるように「この後も頑張れよ」とだけ言ってそそくさとその場を立ち去った。




「(…フリじゃなかったの、僕だけだよな)」




歩きながら沙月に取られた方の手の甲を見る。

手を取って口付ける“フリ”のはずが、あのとき確かに唇が触れていた。よくあの場で持ちこたえたと思う。
こんな些細なことで狼狽えるなんてらしくないけど、相手があいつだから仕方がない。


そのうち僕が沙月を迎えに行く日が来るのだろうか。
こんな職業だから将来に絶対の約束なんてできなくて、それは今のところ沙月も同じで。
結ばれる前にどちらかが居なくなるかもしれない。かと言って今すぐ迎えにも行けない。お互いに今はそんな場合じゃないし、幸せにしてやれる自信もない。
それでも、いつかそういう日が来るなら――あいつにはタキシードじゃなくて、白無垢かウエディングドレスを着てもらいたいなあ。
あれはあれでめちゃくちゃかっこいいんだけど、花婿役は男として僕が務めたい。沙月には花嫁になってもらいたいし。




「! …ああ、風見か?今から向かうよ」




ふと電話が鳴ってスマホをいじる。さて、そろそろ仕事モードに切り替えないとな。
いつまでも「王子」のサービスに浮かれている場合じゃない。僕もきっちり仕事をこなさないと。


遠い未来でも構わないから、
いつか僕の横で、沙月が僕と愛を誓ってくれる日が来ますように。







(その日のために、今日も生きるよ)




END.







<<prev  next>>
back