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「お誕生日おめでとう!」




――パァン!

家に入った瞬間、目の前で破裂音がする。




『…ありがとう。楽しそうね……』


「年に一度の一大イベントだからな!」




カラフルな三角形の帽子と火薬の匂いが残るクラッカーを手に、その人はやたらと上機嫌そうだった。


「誕生日」。一人暮らしを始めてからはほとんど気にすることのなくなったイベント。
仕事仲間からささやかなプレゼントを貰うことはあるが、せいぜいそのくらいだ。あまり重いものをもらっても困るのでお客さんには公開していないし、わざわざ誕生日に会う予定を作るような人も引っ越したせいで身近にはいない。
実家にいた頃に食べていたようなケーキは自分一人では食べる気にならず、買って帰ることも出先で食べることもなかった。

変わったのは安室に誕生日を知られてからだ。初回は義理と思われる小さなプレゼントを貰ったが、彼が家に来るようになってからはケーキをご馳走してくれた。
仲良くなったためか、去年からは帰宅とともにクラッカーを鳴らされている。パーティ帽子を被っているのは初めて見たけども。




「今年はチョコレートにしてみたんだ」


『相変わらずプロね……』




自分の家の冷蔵庫から知らぬ間に用意されていた誕生日ケーキが取り出される。売り物のようなその綺麗なケーキは、なんと彼の手作り。その昔は同期の友達にも作っていたそうだから、彼にとっては珍しいことではないらしい。
“沙月誕生日おめでとう”と書かれたプレートの文字は細かく丁寧で、彼の性格が滲み出ている。




「ロウソクは一本で良いか?三本くらい立てとく?」


『一本で充分よ』


「分かった。じゃあ青いのにする」


『何でもいいわ……電気消すわね』




パチリ。
暗闇の中で、安室の灯した一本のロウソクの灯りが揺れる。

僅かな光を頼りにして席につくと、目の前には淡いオレンジ色に照らされた彼の顔。




「Happy Birthday, to you...」




静かな空間に安室の声だけが響く。


――あと何回、こんなことが出来るだろう。
私を祝う歌を歌ってくれるその声と柔らかい表情を、本人には悟られないよう静かに、必死に瞼に焼き付けた。
歌の終わりに合わせ、ゆらゆらと揺れていたか細い炎を一息で消す。唯一の明かりを失った闇の中、「おめでとう」と楽しげな声がした。




「最近ずっとポアロにいるからかな……なんだか2人だけじゃ寂しい気がする。せっかくの沙月の誕生日なのに」


『…そうかしら』


「次はポアロ貸し切りにして、蘭さんやコナン君たちを呼ぶってのはどうだ?内輪だけでやればそっちの職場には迷惑掛からないだろ?」




電気をつけ直し、ケーキを切り分ける安室がそう提案してくる。半分になったケーキが皿に載せられ、それぞれの前に並んだ。

大人数で誕生日パーティ。自分の誕生日としてはやったことがない。
味もプロ並みのチョコレートケーキを頬張りながら、10年以上前に友達に呼ばれて行ったお誕生日会を思い出していた。




『わたしはゼロが祝ってくれればそれで充分よ』


「そうか?僕だけで寂しくない?」


『むしろ、2人であることが贅沢だと思うけど』




ぴたり。安室のケーキを食べる手が止まる。
視線を向けられたのが分かったから、私もフォークを持った手を一時的に止めた。




『貴方が忙しい中ケーキを作って出迎えてくれて、わたしは貴方の時間を独り占め出来るのよ。…こんな贅沢、他にないと思うわ』




こちらを見て微動だにしない彼を視界に映しながら目を細める。

大勢に祝ってもらえるのはもちろんありがたいけど、自分にとって特別な彼だからこそ二人きりで祝ってほしい。大勢の中の一人として彼がいるのと、そもそも彼しかいないのでは「重さ」が違うと思うから。


それに、
頬を染めてはにかむその表情は、きっと今二人きりだからこそ見れたものだと思う。




「沙月のデレが見れるのも二人きりの特権だな……」


『それはそうかもね』




別に私は人前でも構わないけど。
そう言ったら、僕も気持ち的には構わないんだけどなあ、なんて返される。


平和なこの国の、比較的平和ではない場所で生きている私達。
お互いいつ死ぬか分からないけど、来年の今日もこの人と一緒に迎えられたらと願った。






の手作りケーキ


(来年も食べたいなんて、欲張りかしら)




END.







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