1


 



「お先に失礼します」


「はい!お疲れ様でした!」




ポアロのアルバイトを終えて店を出る。今日はお客さんが少なそうだから、早めに上がりたかったら上がっちゃってくださいと梓さんに言われた。

これといって特に用事は思い当たらなかったけど、それならあいつに声掛けてみるか、なんて思ったりして。




「お待たせ!」


『…わざわざ真ん前に止める必要あった?』


「お前が来たことを知らせておこうと思って」




「見てるかは分からないけどな」と言いながらそいつの元へ駆ける。ごっついバイクにまたがった、背の高い細身の人間。
頭にヘルメットをかぶっているから遠目からだと顔がよく見えない。

事情を知らないお客さんはバイクに乗ったこいつを女の子だとは思わないだろうし、逆に知っている梓さんなんかには僕らの仲をアピールできる。面倒な噂を回避しつつ、特別な仲であることを匂わせられるわけだ。もしかしたら、二階にいる蘭さん達もバイクの音で気が付くかも?

「ポアロって書いてある窓の前に止めてくれ」とバイクの停車位置を指定したワケを話す僕に、沙月が呆れたように肩を竦めてからヘルメットを差し出した。




『まったく……』


「お前は思ってた以上に人気者らしいから、ちゃんと僕のものだって牽制しておかないとな」




先日一緒に行った現場のことを思い返す。
こいつが周りの目を引くことは前から知ってたし、部下が評価されて注目されることは誇らしいくらいだったのに、今になって改めて見てみると“男からの視線”が思いのほか気になった。
そのうちのどのくらいが「警戒対象」になるかは分からないが、今後は万が一にでも可能性があるのなら早めに潰しておこうと思う。こいつなら簡単に手は出されないとは思うけども。

早速わざと目立つ場所で甲斐甲斐しく怪我の手当てをしてやったら、後で「気まずいからやめて」と本人から怒られたんだけどな。




『このまま向かっちゃっていいの?』


「ああ、よろしく頼む」


『了解』




後ろに跨って沙月の腰に掴まる。
安全を確認すると、彼女は夜の街へとバイクを走らせた。




――




「ん〜!」




所変わって、わいわいと人で賑わう店内。
ゴトンと持っていた器をテーブルに置く。




「仕事終わりのラーメンとビール、最高!!」


『…アンタ、明日朝早くないの?』


「大丈夫大丈夫!そんなに飲む気はないから…」




空のジョッキに目をやり、向かいに座っていた沙月が呟く。訪れていたのはポアロから少し離れた商店街にあるラーメン屋。
適度に賑やかで人に紛れやすいから、世間話をするには丁度いい。沙月とも過去に何度か来たことがある。
さすがにバイクの後ろに乗せてもらってる身で過度に飲む気はない。酔っぱらったらここに捨てて帰られそうだし。

注文したラーメンがお互いに残り半分になったところで、少しだけ緊張しながら今日話しておこうと思っていたことを切り出した。







<<prev  next>>
back