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『ふふ』
「…なんだよ」
『いえ、貴方がわたしのことで悩んでるのが面白いと思って』
「一応初めてまともに好きになった人だからな……」
『それを連れてくるのがラーメン屋っていうね』
「仕方ないだろ。今更変えられないし、変えても意味がないし。…お前がおしゃれなレストランに行きたいって言うなら、改めるけど」
『仕事帰りはこういう方が気楽でいいわ。たまの休みに行くなら、おしゃれなとこでもいいかもね』
「ごちそうさまでした」と言って沙月が箸を置く。…あれ、今こいつまた僕とデートしてくれるって言ったか?
聞き返そうと思ったけど、沙月が帰り支度を始めたのでタイミングを失った。…まあ、別にいいか。誘ったら来てくれそうな雰囲気はあるし。
『今日はどっちに帰るの?』
「お前の家、って言いたいところだけど……ちょっとやることあるから、いつものとこで降ろしてくれ」
『了解』
再び夜の道をバイクで駆け抜ける。特定の誰かと一緒に居たいなんて感覚は久しぶりだ。
恋だと認めてから、前以上にこいつの隣が心地良い。このまま到着しなければいいなんて女々しいことを考えている間にあっさり見慣れた場所に着いて、沙月がバイクを停車する。
被っていたヘルメットを返し、ワンテンポ遅れて「ありがとう、おやすみ」と手を振ったら、不意にその手を彼女に掴まれた。
「……、っ!」
『そんな寂しそうな顔してたら、悪い男に捕まるわよ』
「おやすみなさい」と言った沙月が、僕が固まっている間にバイクで走り去って行く。呆けているうちに角を曲がって見えなくなってしまった。
――フリだったけど、手の甲にキス…された。まるで御伽噺の中で、王子様がお姫様にするような。そのまま帰るだけの沙月までヘルメットを外したから、何かと思ったら。
気付いてほしいような、気付かれたら恥ずかしいような。もやもやと考えていたことがそんなに顔に出てただろうか。
…こんなことされるくらいだから出てたってことだよな。反芻して一気にボッと顔が熱くなる。誰もいない夜道で良かった。
心臓がうるさい。キスって言ったって手の甲で、それもリップ音だけのフリなのに、明らかに動揺し過ぎだろ。それ以上のことなんて、沙月相手じゃなきゃ今までいくらでも経験してきたくせに。
――ここまで沙月にあからさまなことされたの、初めてだ。
普段のあいつなら、男相手にはまず絶対にやらない。金積まれて頼まれたってやらない。手慣れてそうだったから、女の子相手にならやってそうだけど。…それはそれで悔しいな。
「…、…はァ〜……」
寂しい気持ちが一瞬で吹き飛んだ。ほんと敵わないな、あいつには。
家に帰ってからもしばらく、机に突っ伏して沙月のことをぐるぐると考えていた。
頭から離れない
(そりゃあお前、モテもするよ……)
END.
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