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「うっ……」




バシャバシャと蛇口から出しっぱなしの水が流れていく。
喉の奥からくる気持ち悪さが何とか落ち着いたところで洗面所から這い出ると、ホテルの椅子に優雅に腰かけた美人がこちらに冷ややかな視線を送ってきた。




「珍しいこともあるのね。貴方が体調不良…なんて」


「…一応、僕も人間なもので……」




自分と同じブロンドの髪をした彼女は、傍に置いてあったコーヒーを一口飲むと僕からパソコンへと目を移す。
それを横目に通り過ぎ、無駄に豪華なベッドの真ん中に酷く重い体を沈めた。


今日の僕は「バーボン」だった。ベルモットと合流し、いつものように上から来た指令をこなしていく。
夜も更けた頃、本日最後の仕事は、いわゆる“色仕掛け”というもので。

こんな仕事をしている以上は違法捜査でも汚れ仕事でも請け負うから、初めて知り合った女性を口説くことにもその場で抱くことにも大した感情を持ち合わせることはなかったけれど。
今日はお目当ての情報こそ無事に手に入ったものの、他がてんで駄目だった。




「はい、送信完了。…今日はもうやることないけど、貴方はここで少し休んでいく?」


「そう、します…」


「…今日のターゲットのコ、そんなに吐くほどブサイクだったかしらねえ……」


「別にそういう問題では……」




寝転がっているうちにだいぶ良くなり、呼吸も楽になってきた。
…参った。久しぶりにこんなに吐いた。仕事柄吐きたくなることは多いけど、ここまで派手に吐いたのは久しぶりだ。
どうにかターゲットとの接触中は耐えたが、部屋に戻ったら限界が来た。あまりベルモットのいる場でこんなことにはなりたくなかったのだが。
怪しい組織でだけの関わりと言えど、見知った人間の具合が悪ければ無駄な気を遣わせてしまう。特別仲が良くなくても体調不良で蹲っていれば大なり小なり人は気にするだろう。ジンみたいな人間でもない限り。


まだドクドクと速く脈打つ心臓を落ち着けるようにゆっくり息を吸ったり吐いたりしていると、ふとベルモットがこちらを見ていることに気が付く。




「…? 僕なら休んでいれば治りますから、気にせず帰ってもらって大丈夫ですよ……」


「ああ……ちょっと、ね。貴方のそれ、本当に体調不良なのかと思って」


「はあ…?」


「この程度のことをストレスに感じるように思えないから、何か他に原因があるんじゃないかと思ったけど……貴方に限ってそんなことはないかしらね?
それじゃあ、私はここで。Good night, Bourbon」




荷物をまとめてベルモットが部屋を出ていく。オートロックで鍵が閉まったのを確認した後、もう一度深く息を吐き出した。
「原因」。何となく、自分では分かっているつもりだった。はあ、と煌びやかな装飾の施された天井に向かって今日何度目かの溜息。


いつまでもここにいたって仕方がない。まだ気怠い体を無理やり起こして、僕も帰り支度を始めた。




――




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