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「(あー………)」




感情が「無」のままずんずんと夜道を進む。時計を見なくてもわかる。客が来たら大迷惑な時間だ。
それでも、どうしても会いたくなって出向いてしまった。ちょっとだけワガママは控えようかな、なんて思っていた矢先に。




『おかえり、ゼ……』




ドアを開け、玄関に出迎えに来てくれたそいつを靴も脱がずに抱き締める。一瞬何が起こったのか分からなかったらしい沙月は、そのまま数秒間動きが固まった。
しかしながら僕の突飛な行動に慣れている彼女は、やがて「何かあったの?」と穏やかな声で言うと、ぽんぽんと僕の背中を軽く叩いた。




『話なら中で聞くから、とりあえずカギ閉めて上がりなさい』


「……、うん」


『相当お疲れのようね……』




「珍しいわね」とちょっと前にベルモットに言われたことを沙月からも言われる。まあ、帰るなり無言で抱き着いたことは今まで一度もなかったので仕方がない。

靴を脱いでリビングに向かうと、ソファに腰かけた沙月が隣に空いたスペースを「座れ」と言うように叩いている。




「……ん」


『…それで、何があったの?』


「………」




あろうことか両手を広げて「おいで」までしてくれて、そのサービス精神にクラリときた。この前の「王子様」モードがまだ続いているのか、僕が弱っているからなのか、どっちもなのか。
具合が悪いこともあり、大して考える気もなく簡単にその厚意に甘える。寝ていたところを邪魔されただろうに、嫌な顔せず受け入れてくれて。その優しさに心底感謝しながらも、こうなった経緯を素直に話せず黙り込んだ。


…待て。勢いで沙月の家まで来ちゃったけど、つい数時間前に人間として最低なことをしてきたばっかりだぞ。
僕が「そういう」仕事をすることもあるってことは沙月も察してるだろうけど、前までと違って今の僕は沙月に気持ちを伝えていて、沙月も割と応えてくれているような関係だ。

浮気?浮気にあたるのか、これは?




『話せないなら別にいいんだけど…。具合悪いなら、さっさと寝た方が良いんじゃない?』


「……、…」


『…何か言いなさいよ……。わたしに何かしてほしいなら、そう言いなさい』




「気が向いてるうちにね」と、沙月が子供をあやすように僕の頭を撫でた。それだけでどうしようもなく胸が甘く疼いて、そして同じくらいの罪悪感が襲ってくる。






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