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――
『それで、結局何だったのよ』
「ん?」
夕飯もポアロで済ませることになり、キッチンと使っても良いらしい食材を借りて二人で適当にこしらえる。
今日淹れ方を覚えたこの店のコーヒーを安室に、自分にはココアを用意して席に着いた。
『わざわざ今日ここで働かせた理由。面白がってたのはあるんでしょうけど、それ以外にも何かあるんじゃないの?』
「ああ……うん、まあ。お前が僕と同じエプロンして“いらっしゃいませ”って言ってるのは、確かに見たかった」
『あっそう…。満足した?』
「うん、カフェ店員バージョンの王子様が見れて良かったよ。
これで沙月が僕の“男友達”だっていうのが、多少は広まったかなって」
『……ああ、そういうこと』
余った野菜で作ったサラダをつつく。
…なるほど、今後の方針を定めるにあたっての仕込みだったってことか。
「お前が女の子にモテるのは正直気に食わないけど、男にモテるよりよっぽどいい。
お前は女性だけどイケメンでかっこよくて、可愛い女の子が好きな僕の部下。そういうことにしといたら、僕と仲良くしてても変な噂にはならないかなーって……」
お前にはまたポアロ来てほしいし、と安室が頬杖をつく。
恋仲を疑われないようにいろいろと策を講じてみたけれど、「男友達」を浸透させるのが一番良くててっとり早いのではないかと。安室の出した見解に、そこまでしてポアロで会わなければならないのか、と一瞬口を開きかけてから閉じる。
変な芝居をしてまでここで会わずとも、家に来れば楽で良いのに――私はそう思ったが、彼は違うのだろう。
『(この辺が、まだわたしの分からない“恋”ってやつかしらね……)』
会えれば何でも良いってわけではないのだと思う。安室が周りに私を「自分のものである」と知らしめたいような素振りを見せているし、他人の目があって初めて成り立つこともあるのだろう。
その感情について詳しいことはまだよく分からないが、この人がそうしたいなら付き合おう。とりあえず“今”の私はそう思っている。
「もしお前が今後も時々シフト入ったらどうなるかな?例えば月イチとか……沙月の料理、客に出したら人気出そうな気がする」
『それはどうも。日頃から貴方に食べさせてるせいか、勝手に腕が上がってくわね』
「! ……へえ、そうなんだ」
『……、何よ』
安室がニマニマしながらこちらを見る。
明らかに怪しいので軽く睨んでみたが、彼は全く動じずに「そっか」と嬉しそうに言ってから伸びをした。
「そろそろ片付けて上がるか。お互い本業もあるからな」
『そうね』
「そのうちまた、客としても来てくれ。…待ってるから」
『はいはい』
心なしか寂しげにそう言われて、思わず反射で手が伸びる。
ぽんぽんと頭を叩くと安室がはにかむように笑って、この顔は客の前ではしないだろうな、と。その小さく芽生えた優越感につける名前を、今の私はまだ知らない。
病欠で休んだ梓ちゃんが、「沙月さんの働いてるとこ見たかったー!」と後で安室に向かって盛大に愚痴ったのはまた別の話。
本日限定、カフェ店員の王子様
(僕との噂はなさそうだけど、代わりに「幻のイケメン」って噂されてたぞ)
(客として行きづらくなったわね……)
END.
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