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「ごめんなさい、カウンター席は空いてなくて…」
『全然、テーブル席で問題ないわ。
どっちが隣でも向かいでも良いわよね?もし次があったら、その時は入れ替えましょう』
「「はーい」」
「お前…。なんだその格好……」
『……貴方が言う?』
挨拶もなしについ指摘してしまったくらい、今日の沙月は明らかに様子がおかしかった。いや全然、アラサーにしてメイド服を着せられた僕が言えた立場ではないんだけど。
ちょっと男っぽい格好をしたら男にしか見えない奴が、今日は完璧に「男」だった。僕は見たことがあるからすぐ判別できるけど、初見でこいつを女性だと見抜くのは難しいと思う。
僕とほぼ変わらない身長に男物のスーツ、正面からは見づらい後頭部で一本にまとめられた長い髪。メイクこそしているが、女性らしい雰囲気は一切ない。
ただ単にスーツを着ただけでもビシッと決まる顔立ちをしているのに、今日は上着やネクタイを適度に着崩すことでさらに男らしい色気を加えていた。
こいつは真っ当に女子ウケを考える奴なので、その辺はかなり意識しているのだろう。おかげで男の僕から見てもかなりイケメンに仕上がっている。
僕はこんなコスプレをさせられているというのに。
『可愛い子から、是非スーツで来てほしいってリクエストがあってね。この子達は職場出るときに偶然…』
「スーツの王子なんてレア過ぎます!ポアロに行くって言うから着いてきちゃいました!」
「メイドな安室さんもとってもかわいいですね!王子と一緒にイベントでもやるんですか?」
「アハハ……僕は何も聞いてませんが……」
沙月の腕にくっついているうちの片方の子が首を傾げる。わざわざ沙月がスーツで出向いた先で僕がこんな格好をしてたら、今日ポアロで何か特別なことでもあるんじゃないかと思うよな。
残念ながら変な衣装を着てるだけで、それ以外は何もないんだけど。…何もないよな?
僕がこれを着るのは昼までと取り付けてあるし、さすがに今から大掛かりな何かがあるとは思えない。僕が絶対に衣装を着るとも限らなかったから事前に準備をするにも難しかったはずだ。
せいぜい、このコスプレのまま沙月達の接客をするくらいが関の山だろう。それだけでも十分“イベント”並みの重さはあるけど。
近くに立っていた梓さんがニコニコしているので、沙月が来たのは「仕組まれた偶然」で確定だな。
「…満足しました?」
「かわいい安室さんとかっこいい沙月さんの並びも見れたし、わたしもコスプレできて楽しかったし、大満足でーす!」
「そうですか…」
悪びれる様子もなく、「ほんとは記念写真撮りたいですけど」と梓さんが続ける。「僕なら駄目ですよ」と言うと「ですよねー」と返された。仮に僕が写真NGでなかったとしてもこんな姿を残しておきたくはない。
後で沙月さんに撮ってもらおう、と僕を諦めた彼女はスマホを片手に意気込む。まああいつならツーショットでもピンでも快く応じてくれるんじゃないだろうか。
梓さんは過去にクリスマスのコスプレ衣装をノリノリで準備していたし、こういったイベントごとが好きなのかもとは思っていたけど、まさか沙月まで巻き込むとは。
今後は僕だけでなく沙月が巻き込まれることも想定しないといけないらしい。沙月も沙月で、梓さんのお願いなら断らない気がするしなあ。
上機嫌な梓さんが沙月達を手前のテーブル席に案内しようとしたところで、スッと沙月が手で制止する。
『あっちの、奥の席でも良いかしら?』
「…? はい、大丈夫ですよ〜」
空いている席が他にもある中、わざわざ沙月が男子三人組の隣のテーブルを指定した。奥から詰めるという意味では合理的だが、今は混む時間帯ではないので特段気にする必要はない。
何か意味があってのことだろうが、後で聞けばいいやと思いながら水とおしぼりを持ってテーブルに向かう。
「安室さん、め〜っちゃかわいいです!メイドの日なら王子もメイドにすれば良かったのに!」
『さすがに似合う気がしないのだけど……』
「…それ、僕の前で言います?」
『アンタは図体でかいけど童顔だからどうにかなってるわよ。わたしが一番向いてないタイプの衣装ね…』
「そんなことないですよ、王子もギャップ萌えで絶対似合いますって!」
「来年はそうしましょ」と女子がきゃいきゃい言っているのを横目に見る。早速来年の話が出始めてしまった。僕はもうやらないからな。
…しかし、沙月のメイド姿か。正直全然、まったく想像がつかない。このスーツ姿を見た後だと尚更。
かっこいい・綺麗に全振りしてる人間が一番不得意な分野の服だよな、こういうフリフリなのは。
確かに僕の方がマシに見えるレベルかもしれないと思いつつ、やっぱり褒めてくれなかった沙月にムッとする。「どうにかなってる」って何だよそれ。
他の女の子は可愛いって言ってくれてるんだから、便乗してお前もちょっとくらい褒めろよ。多分もう二度としない格好だぞ。
梓さんが沙月にスーツを指定したのは“かわいい”に対しての“かっこいい”を用意するためだったんだろうけど、それにしても様になっているのでそれが余計にムカつく。
こいつのスーツ姿は仕事で何度か見たことがあるけど、思えば好きになってから見たのは今回が初めてで。男にときめく趣味はないはずだけど、普通にドキドキするくらいかっこいい。一周して腹が立つ。
それなのにお前は僕のメイド服には興味なしですか、そうですか。可愛い衣装で釣れるとは思ってなかったけど、これだけ目立つ格好をしてるのに興味なしはさすがの僕でも傷付くぞ。
内心いろんなことを考えながらも、お客様の注文を取るためにメモを持ってテーブルの横で大人しく待機。
仕事で気を紛らわそうと思っていたらなぜか突然沙月の手が僕の腰の後ろに回り込んできて、反射で身体がビシリと強張った。
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