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「えっ!? な、なな何…!?」
『…貴方、この人は男だけど、勝手に触っていい理由にはならないわよ。こんな格好してるけどね』
「!」
ぐっと尻の少し上あたりを沙月の腕で引き寄せられ、事態が呑み込めずに声が上擦る。手の位置が位置だけに分かりやすく動揺してしまった。しかし彼女が話し掛けたのは僕ではなく、僕の後ろにいた男子学生グループの一人で。
首だけ捻って後ろを振り返ると、左手を抑えて呆気に取られている様子の若い男の子が沙月のことを一心に見つめていた。
『この店、防犯カメラもあるから。
警察呼ばれたくなければくだらないことはやめなさい』
「……はーい」
沙月の言葉に男子がばつの悪そうな顔をしてそっぽを向く。ここまできてようやく、その子が僕にこっそり触ろうとしていたのだと気が付いた。
彼が左手を抑えていたのは沙月に手を払われたから。沙月が僕を引き寄せたのは、咄嗟にその男子と距離を取らせようとしたから。
すかさず「王子かっこいい!」と黄色い悲鳴を上げる女の子達に微笑みだけ返して、沙月が僕の方へと向き直る。
『アンタなら言うまでもないだろうけど、ポアロでも一応身には気を付けていなさいよ』
「…いやー…。いくらこんな格好だとしても、アラサーの男を狙う人間はあんまり想定してなかったですねえ……」
『さっき言ったでしょ、アンタ童顔だって。その顔でそんな可愛い服着てたら狙ってくる輩がいくらでも出てくるんだから、ちゃんと気を付けなさい』
「え……」
ジト目でこちらを睨んできた沙月の言葉の意味が一瞬呑み込めなくて、持っていたメモを両手で握りしめたまま固まってしまう。
…そんな可愛い服着てたら?僕を狙う輩が出てくる?いくらでも?
つまり沙月は今の僕を、多数の人間に狙われるほど可愛いと思ってるってことか?なんか服のことしか言ってないようにも聞こえたけど、一応顔のことにも言及してたよな。
もしかしてわざわざこの席を選んで座ったのって、僕がさっきの男の子に狙われてると気が付いていたから?
僕に変な虫がつかないように、手を出されても防げるように、威嚇するために。――最初から、そのつもりだった?
「…っ、沙月が守ってくれるなら、気を付けなくても大丈夫ですね!」
『こら、調子に乗らない』
頭の中が嬉しいやら何やらでパニックになり、思わずそんなことを言ってしまう。沙月、顔にも言葉にも出してくれなかったけどちゃんと僕のことを意識してくれていた。
僕は全然「守られる」ってタイプじゃないけど、沙月が僕を守ろうとしてくれたのは素直に嬉しい。僕を大切に思ってくれている証拠だ。
だんだん顔が熱くなってきてどうしようかと焦る。こんな小さいメモひとつじゃ、とてもじゃないけど隠せない。
「あ、安室さん赤くなってる〜!王子ってばかっこよすぎですよね〜!?」
「…ふ、不意打ちでびっくりしただけだから……」
「いいんですよぉ隠さなくても!王子にメロメロな子なんてたくさんいるんですから!」
「安室さんも王子のファンになっちゃいましょ!」と沙月の真向かいに座っている女の子がからかってきた。僕は沙月のファンどころじゃないんだけどな、なんてことを返すことはできず。
「絶対やだ」と、可愛さの欠片もないセリフを言うのが精一杯で。
「気遣ってくれるのはありがたいですけど、昼休憩が来たらこの服も脱ぎますから、もう心配は要りませんよ。…注文、お決まりですか?」
「えー、もう脱いじゃうんですか!? せめて王子とのツーショを……」
「僕は服に関係なく、写真は全部駄目なんです。ごめんね」
『この人、カメラ嫌いだから。写真ならわたしで我慢して』
「王子撮っていいんですか〜!? たくさん撮りますー!!」
騒ぎも心臓も落ち着き平穏が戻った店内で、再び女子二人が楽しそうに話し始める。
昼休憩まではあと1時間もない。沙月達が帰る頃には後ろの男子グループも帰るだろうし、それを見送ったら僕は着替える時間だ。もうトラブルは起きないだろう。
まあ沙月が身を挺して守ってくれるなら、もう一回くらいは起きてくれても……なんて、そんなことは考えちゃダメか。沙月のためにも、警察という立場的にも。
メイド服を人生で着ることになるなんて思ってもいなかったし、今回きりでもう二度と着ないとも思っていたけど。
梓さんに上手いこと言ってこの衣装を持ち帰ろうかななんて、スーツ姿の沙月を横目で見つつ、こっそりそんなことを考えていたのだった。
新しい趣味……?
(メイド服は特殊にしても、沙月の好みの格好は知りたいな…)
END.
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