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「あ、沙月さん!」
カランとベルの乾いた音が鳴る。
真っ先に出迎えてくれたのは梓ちゃんの方で、「今日は早いんですね」と言いながら席に案内してくれた。
途中、カウンターの向こうにいた安室から「いらっしゃいませ」と声が掛かる。
水曜日、時刻は朝の10時過ぎ。
平日だからか自分の他に一人しか客のいないポアロは、賑わっていた前回と比べると随分と寂しく見える。
「沙月さん、この前はありがとうございました!! よりにもよって祝日に熱出しちゃって……」
『ああ、気にしなくていいのよ。具合は大丈夫だった?』
「はい、今はすっかり!…沙月さん、ポアロ来るのちょっと久しぶりだったりします?」
二人掛けの席の片方に荷物を置き、向かいのもう片方に腰かける。
梓ちゃんの問い掛けに「まあ、」と曖昧に返してから“久しぶり”の意味を考えた。
ここでバイトをした日から、気が付いたら二週間が経過していた。
宣伝の効果があったのかあのあと本業が立て込んで、安室も警察の仕事で忙しいのか連絡が途絶えて。自分からポアロに出向くことも、呼び出されて訪れることもしばらくなかった。
私がポアロで“イケメン新人”だと噂されていたらしいことは多少気にしてはいたけど、特段この場所を避ける理由になったわけではなく。本当に単純に、今日まで出向くタイミングがなかった。
ただそれが「久しぶり」と形容する期間かと言われると、そこまででもないような気がして。そもそもまだ両手で数えられるくらいしか来ていないというのもある。
それでも「久しぶり」と言ってもらえるということは、私もここに馴染んできているということなのだろうか。少なくとも、梓ちゃん的には。
『(仲良くしてもらえるのは素直に嬉しいわね)』
――“安室透”が居る間だけの居場所かもしれないけれど。
無邪気に笑いかけてくれる梓ちゃんにそんなことを思いながら、軽食と飲み物を注文する。
「そういえば沙月さん、カフェのバイトはどうでした?」
『そうね…。見様見真似だったけど、思ったより楽しめたわ』
「お願いしたらまたやってくれますか?もちろんそんな、本格的にじゃなくていいので!」
『…梓ちゃんの頼みなら』
「やったー!!」
「次はわたしがいるときでお願いします!!」と梓ちゃんがガッツポーズまでして喜んでいるのを微笑ましく思っている間に、安室が紅茶を淹れて持ってくる。この人とも会うのは二週間ぶりだ。
ここ最近会う頻度が上がっていたせいか、妙にその顔を見るのが「久しぶり」に感じて。ああ、さっき言われたのはこの感覚だったのかと、何故か安室の姿を見て納得した。
「ハムサンドもすぐに持ってきます。きっとこのあと仕事ですよね?」
『ええ、お察しの通り』
「え、ごめんなさい!余計なお喋りしちゃいました!」
『あら、そんなに余裕ないわけじゃないから大丈夫よ。梓ちゃんとお話できるのは嬉しいわ』
「え〜っ!そんな、照れちゃいます〜!!」
「沙月、あんまり調子に乗るなよ……」
文句を垂れ流しながらもサンドイッチの準備のために安室が離れていき、その間に梓ちゃんとこの二週間でたまっていた世間話をする。園子ちゃんが来て私がいないことを残念がってたこととか、蘭ちゃんのお父さんが事件を解決したこととか、前回のアルバイトの話とか。
お客さんが少なくて暇なことも相まっているのか、今日の梓ちゃんはどこか饒舌だった。
『安室がいろいろ気遣ってて、そこは同じ接客業として勉強になったわ。さすがに椅子を工具で直し始めたときは何の職業の人なんだろうと思ったけど……』
「え、安室さん椅子直してたんですか?」
「ああ、ちょっとガタガタしてたので……別に大したことはしてないですよ?」
「お待たせしました」とハムサンドを持って安室が再度席まで来る。この人の言う「大したことない」が世間一般のそれとズレているのはいつものことだが、普通の人間は椅子がガタガタしていたからといって唐突に解体を始めないものだ。
突っ込むのも面倒なので放置していたら、横にいた安室がニコニコしながらこちらを見下ろしてくる。
「ちゃんと見ててくれたんですね?」
『…さすがに、飲食業はド新人なもので』
私に注目されていたことを喜んでいるらしいその人。ただ単に、アルバイトの参考として見ていただけだったのだが。理由がそれでも構わないのか。
やや呆れながら安室を見上げると、ふと何かを思い出したような顔をしてから彼はこちらに身を屈めた。
「今日、先そっち帰ってるから」
『了解』
――それでは、ごゆっくり。
耳打ちされた内容に短い返事をしてから、お互い何事もなかったかのように自然と続きを再開した。
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