1


 



――ピピピピ、




「…、ん……」




――ピ。

画面をタップすると同時に音が鳴り止む。デジタルの時計が示すのは午前5時ちょうど。




「(久しぶりによく寝た……)」




入った記憶のない布団から体を起こす。カーテンの隙間から漏れる明かりでうすぼんやりする視界に、ハンガーに掛けられ干されている自分の服が映った。

布団から這い出てまず向かったのは押し入れにある衣装ケースで、その中の着替えを取り出してから風呂場へと向かう。
自分の家のではないシャワーを浴びて、いつも使ってるのとは違うシャンプーで頭を洗った。




「………」




ドライヤーで髪を乾かしながら、ぼうっと鏡に映った自分を眺める。ここがまるで第二の家のようになったのはいつ頃だっただろうか。
上がり込む回数が増えるにつれて生活用品が増えていって、気付けば着替えが置いてあるのも布団が敷いてあるのも歯ブラシが2本用意されるのも当たり前になっていた。同棲してる彼氏と彼女でもないのに。




「!」




朝ご飯の支度をするために冷蔵庫を開けると、昨夜自分がタッパーを入れた場所に別のタッパーが入れてあった。「ごちそうさま。良かったらどうぞ」という貼り紙と共に。

中身は……オムライスか。温めるだけで主食になりそうだ。




「(僕は、沙月に何が出来てるんだろうなあ…)」




優しい味付けのチキンライスを頬張りながら、ふとそんなことを考える。


思い返してみれば、僕は沙月に惚れ込んでからずっと彼女に頼りっぱなしだった。
本来であれば関わることのない業種の彼女に一緒に仕事をしてくれないかと頼み込み、危険な現場でも夜中でも所構わず連れ回し、女の子であると認識をしていながら「男友達になってほしい」と無茶を言った。
生活面においてもかなり彼女頼みになっている部分が多く、昨日は勝手に床で寝こけたところをわざわざ布団に運んでもらい、服まで洗ってもらった。同様のことを過去にも何度かやった記憶がある。

良く言えば「信頼」、悪く言えば「ワガママ」。そしてその度が過ぎている自覚はある。


それらの見返りとして僕が返しているものは、主に「金」。彼女はビジネスパートナーなので見返りとしては正しいはずなのだが、果たしてそれだけで良いのだろうか、と。
ご飯や掃除などの家事を担当することもあるけれど、別にそれは沙月にもできることで、僕じゃなきゃできないような特別なことではない。
一応料理は人並み以上にできると思ってるけど、沙月が作る飯も人並み以上に美味いからなあ。




「ごちそうさまでした!」




まだ寝てるであろう沙月に迷惑にならないよう、小声でそう言ってから片付けを始める。あいつが起きるのは1時間後くらいかな。

ポアロに出勤する準備を整え、あとは家を出るだけ。いつもならそのまま家を出て終わりだけど、今日は沙月の顔を見てから行くことにした。




「(…行ってきます)」




別に、何をするわけでもないけれど。
開きっぱなしのドアから慎重に部屋に踏み込んで、沙月に気付かれない距離で心の中で呟く。あんまり近寄るとこいつなら気付くと思うから、ちょっと気持ち遠目で。

大人になり一人で暮らすのが当たり前になった中で、同じ家で過ごしている人間が居ることがどれだけ特別なのか、最近沙月の存在を意識し始めて改めて思い知った。
成り行きで始まった生活だったから余計に意識してなかったけど、今こうして僕がここに居るのは世間一般の感覚からすれば不自然でしかない。それをまるで当然のことのように成り立たせてくれている沙月へのお礼は、ビジネスパートナーとしての報酬だけで良いのだろうか。
彼女が前より大事な存在になったからこそ考える。今のままではいけない気がする。でも、具体的にどうすればいいか分からない。


答えが出ないままタイムリミットが差し迫る。
合鍵で施錠を済ませ、見慣れた道を駅に向かって進んだ。




――




「安室さん、なんだか今日ぼーっとしてません?」




人が閑散としている平日の昼下がり。
唐突に隣にいた梓さんに声を掛けられて顔を向ける。




「えーっと……そう見えました?」


「何となくですけど、安室さんにしては動きが鈍いような?そんな感じがしました!
寝不足ですか?それか具合悪かったり…」


「今日はいつもより寝れたので、眠気はそんなに……体調も普通だと思うんですが…」


「それじゃあ、もしかして悩み事があるとか?」


「…、あー……」


「え?ほんとに悩み事ですか?」




――安室さんが悩み事なんて珍しいですね。

冗談で聞いたつもりだったのか、梓さんが心底意外そうな顔をしてこちらを見る。確かに探偵を名乗っていることもあって、誰かに相談をされることはあっても自分がすることはあまりないかもしれない。

目立って肯定も否定もしなかったが、それを肯定だと捉えたらしい梓さんは「人に話すと気が楽になるかもしれませんよ!」と意気揚々と言った。続けて「無理して話す必要はないですけど」と遠慮の姿勢も見せる。

力になってくれようとしている友人の言葉に、じゃあせっかくなので聞いてもらおうかな、と客のいないポアロでぽつぽつと話を始めた。



 



<<prev  next>>
back