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「一人で何でもできる、万能で多才な親友がいるんですけど。
僕はいつも頼りっぱなしで、あいつに何が出来てるのかなって……本人に言ったら今更何を言ってるんだと笑われそうなんですが、今朝ふと、そんなことを考えてたんですよね…」




「考え込んでいたわけじゃないんですが、手が止まってたならすみません」。
そんなに深刻な悩みではないことを笑顔で伝えつつ、態度に出ていたらしいことを謝る。

僕の言葉に「なるほど〜」と答えた梓さんは、少し考えるような素振りをした後、自分の意見を口にした。




「安室さんが“親友”って思ってるなら、相手もきっと安室さんを親友だと思ってますよね?」


「うーん……分からないですが、仲が良いとは思ってくれてると思います」


「それなら、安室さんが気が付いてないだけで相手も安室さんに頼ってることがあるんじゃないでしょうか?
“親友”って、片方の気持ちだけで成り立つものではないですから!」




だから心配しなくても大丈夫だと思います、と梓さんが締め括る。

どう思ってるかは本人にしか分からないけど、関係が続いていて仲良くやれているという事実があるなら、それが何かしら「返せている」証拠なのではないか。
第三者からの、身分を偽っている僕とは違って本当の意味での友達がたくさんいるであろう人からの意見に納得する。言われてみれば、沙月なら気に食わないことにはいくら金積まれたところで動かないだろうしなあ。




「…ところでその“親友”って、沙月さんのことですか?」


「えっ!? …梓さん、そういえばいつの間に沙月のこと名前で呼ぶようになったんですね?」


「はい!気付いたらわたしだけ名字で呼んでて、なんか寂しくて……って、話逸らさないでください!」




沙月の話題なんて今日一日一言も出していないのに言い当てられ、思わず一瞬動揺した。…僕、そんなに沙月としか仲が良いように見えないのかな。あいつしか友達が居ないのは事実だけども。
苦笑いで返したら「沙月さんってやっぱり万能なんですね〜…」と梓さんがしみじみ呟き、沙月のことではないと誤魔化すべきか迷っている間に客が来て、話はそこで終了した。


その後特に蒸し返すことはなかったけど、働いてる間もずっと頭の片隅には残っていて。
ポアロの閉店作業をし終えて自宅への道を歩いている途中、人の居ない静かな歩道でおもむろにスマホを取り出した。




《…もしもし?どうしたの?》


「用事があるわけじゃないんだけど……強いて言うなら、声が聞きたかったから?」


《………》


「悪かったって、黙るなよ」




何度かのコール音の後に電波に乗った沙月の声が聞こえる。用件を聞かれたので試しにありがちな台詞を吐いてみたところ、顔を見なくとも分かるくらいに思いっきり嫌がられた。まあ、ウケるとは思ってなかったけどさ。

しかし大した用事がないのは事実だったので、「変なこと聞いてもいいか?」と保険を兼ねた前置きをする。
「答えられるか知らないけどどうぞ」と促され、続きを言うのに少しだけ緊張して、一度深呼吸とまではいかないけど多めに息を吸ってから吐いた。




「沙月って、もし僕にお金が無くなったらどうする?」


《…と、いうと?》


「報酬が払えなくなっても、ポアロに遊びに来てくれたり、僕とラーメン食べたり、一緒に出掛けたりしてくれるか?」




ビジネスパートナーじゃなくなっても、僕との関係を維持してくれるかどうか。簡潔に言えばそういうことを聞いた。
僕がどんなことで沙月の力になれてるかを聞くより、こっちの方が事実をありのまま聞き出せる気がした。その分、聞くのに少し勇気が要った。


こいつは優秀だから、友達として振る舞えと言えばそうしてくれる。実際こいつは親友のように振る舞ってくれた。ただそれが怖いと思うこともある。こいつが優秀なことを知っているが故に。

親友のこいつなら笑い飛ばしてくれるような内容でも、ビジネスパートナーのこいつはそうじゃないかもしれない。その可能性は低くないんじゃないかと、こいつを“親友”だと形容した今でも思わなくもないのだ。




《……、ふふっ》


「…なんだよ」


《嘘はつかない契約だったわね。…大丈夫よ、貴方がうっかり破産したら養ってやるくらいの気概はあるわ》


「…!」




電話口の声は笑っていた。おそらく「ビジネスパートナー」として答えてくれているであろう沙月のその態度に、どれだけ僕が安堵したか。
思わず足を止めてぎゅっとスマホを握りしめる。「男友達」なんて、形だけでも十分だと思ってたのにな。




《貴方の努力と才能はよく知ってるつもり。今更わたしが金だけで動いてるとでも?
…貴方の能力と性格なら、多少ワガママが過ぎようが誰も構いやしないわよ。“みんな”も昔、そうだったんじゃないの?》




――だから貴方のワガママは酷くなってく一方なんじゃないかしら。

冗談めかした物言いにふっと笑う。
沙月の「男友達」がいつから「仕事」じゃなくなったのか聞いてみたかったけど、今は欲しい言葉が貰えたからそれだけで満足だった。




《何か不安を煽るようなことがあった?》


「ううん、そういうわけじゃない。ただ何となく確かめたくなっただけ」


《…そう》


「実際、お前は僕にそんなに興味があるとは思ってないからな。僕は犬猫でも、可愛い女の子でもないし」


《そうね。そういう意味での興味はそこまでないわね》


「おい、少しは否定しろよ……」


《嘘をつけないもので》




「用は済んだ?」と聞いてくる沙月に肯定の返事をして、最後に「おやすみ」と言って通話を終了する。朝から感じていたモヤモヤがようやく晴れた。改善すべき点はあるだろうけど、沙月は今の僕でも着いてきてくれる気があるみたいだ。
“金の切れ目が縁の切れ目”なんて諺があるけど、沙月相手に成り立たなくて本当に良かったと思う。最初はそれでも良いと思ってたけど、今は違うから。
沙月と、「ビジネスパートナー」以外の関係にもなりたいと。今の僕は本気でそう思っている。


楽しいことが待っているわけでもないのに、
帰路を辿る足取りは、やけに軽かった。






この関係の名前を変えよう


(正式に、「親友」と呼ばせてくれるか?)




END.







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