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多分駄目だろうな、とは思っていた。




「いらっしゃいま……せ」




ドアを開ければ、いつものようにベルが来客を伝える音を鳴らす。それに続けていつものように見知った店員が二人、こちらを笑顔で出迎えて。

ただいつもと同じだったのはそこまでで、一瞬で空気が冷え切ったのが分かった。




「…お一人様とお一人様で?」


『いえ……二人で…』




笑顔こそ貼りついているものの、どう見たって営業スマイルではなく怖い方の笑顔である。その雰囲気は“安室透”というよりかは“降谷零”に近かった。
顔はこちらに向いていて他のお客さんには見えていないが、滅多に聞かないであろうイケメン看板店員のドスのきいた声色に何事かとざわめきが起きる。

――やっぱり駄目だったか。
渋々二人席へと案内してくれる安室の後ろで、この先起きるであろうことを思いやって小さく肩を竦めた。




「で?身内なら許してやるけど?」


『…職場の後輩』


「じゃあ許さない」




ニコリ。席に着いても、その怖いスマイルは崩れない。


安室が「許さない」と形容したのは、連れとして一緒にいたうちの後輩のことだ。もちろん理由もなく「許さない」とはならない。
安室が怒っている点はおそらく、この後輩が“若い男の子”であること。そして“二人で”この店にやってきたことの二点。

最近どうもこの人は私の人間関係に目を光らせがちで、たとえ女の子が相手でも妬くことがあるみたいなので。男と二人でポアロに来店なんてしたらどうなるか、何となく予想はついていた。
だから出来ればこんなことはしたくなかったのだけど。


一応後輩くんも含めて私達は客なのだが、注文を取らないどころか水とおしぼりという最低限のものすら持ってこずに仁王立ちで立っているだけの安室。果たしてこれは店員としてどうなんだろうか。公私混同が過ぎるような。
事情を聴くまで動く気がないんだな、というのはその顔を見ればありありと分かった。




「あなたが安室さんですか?」


「…そうですが?」


「はじめまして。階川先輩の下で働いてます、天野です」


「……はじめまして」




何かを言わないと動かない中で先に切り出したのは、この状況を作り上げた「後輩」こと“天野くん”だった。私よりも年下なので安室とはそこそこ離れているが、見た目の若い安室のことを天野くんが何歳だと思っているのかは分からない。
声を掛けられた安室は辛うじて営業スマイルを取り繕ったが、普段を知っている私からするとまだ“降谷零”がいくらか残っている。


どう見ても友好的ではない安室に自分から絡みに行ったこと、ここへ来たがっただけでなくそれをやや強引に実現させたことからも分かる通り、彼もそれなりに気が強めの男で。
安室のことを上から下までじとっと眺めた彼は、「早速なんですけど」とどこか不機嫌そうに話を始めた。




「階川先輩のこと引っ張り回すの、やめてもらえませんか?」


「……はい?」


「探偵だか何だか知りませんが、あなたはここ最近、やけに僕の先輩をあちこち連れ回してるみたいですね。
先輩はとても優秀なので気に入るのは分かるんですけど、先輩にはやることがたくさんあるんですよ」




――探偵の副業ではなく、本業で。


スッパリ強気に言い切った後輩くんと、その言葉に表情であからさまに反応を見せる安室。安室は大概のことは気にも留めずに流してくれるような男だが、一定の範囲だけ沸点が低いのでそこに引っ掛かると面倒なことになる。

私がもともと交友関係が広くないせいもあるのか、誰かと親しくすると突っかかってくる節があるので、この後輩くんと絡ませたらまず間違いなく突っかかってくるだろうとは思っていた。
だから今の今まで後輩くんの存在については黙っていたし、できればこの先も絡ませたくはなかったのだけど。ここ最近安室の仕事で留守にすることが多くなったせいか、私を慕ってくれている後輩くんの目が光ったらしい。
先週くらいからずっと「安室さんに言いたいことがある」としつこく言い続けてきて、ついに今日彼の押しに負けたのだ。察してほしい。


詳しいことが知りたければまた改めて話すし、ここに連れてくるのはこの一度きりにするから。目で訴えると、安室が「分かりましたよ」とでも言いたげな視線を寄越してから、ふーっと長めに息を吐いた。



 


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