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『わたしに憧れてくれるのも、心配してくれるのもありがたいけど。
あの人との仕事はわたしが好きでやってて、嫌々やってるわけじゃない。ただそのせいで留守にすることが増えてたのは事実だから、そこは謝るわ。…でもね』




後輩くんの言葉は多分、安室にも聞こえていただろう。
それなら私も安室に届くような声で反論しなければならない。空気を読んで引き下がってくれた彼の代わりに、私の言葉で。




『わたしはあの人のことを、わたしが知ってる人間の中で一番尊敬してる。
あの人の努力も過去も何も知らないで、適当なイメージで悪く言うのはやめなさい』


「…!」




――ビシリ。さっきまで“気に入らない男”の話で一人盛り上がっていた彼が、一瞬で固まって押し黙った。


彼も私を「王子」と持て囃してくれるお客さんと似たような人間ではあるが、仕事の後輩である以上はきちんと躾けなければならない。たくさんの部下を抱える降谷さんは一体、私の何倍苦労していることか。

普段は“男友達”として砕けた会話もよくするような人だけど、仕事仲間として、一人の人間として。私は降谷さんのことを誰よりも尊敬しているし、それを悪く言われて気が悪くならないはずがない。
思えば後輩くんをこうやって叱るのは初めてだなと、彼の酷く驚いた顔を見てふとそんなことを思った。




『人は見掛けによらないって言うでしょう?
わたしに腕相撲で勝てないようじゃ、あの人に勝つなんて夢のまた夢よ』


「え……」


『…そもそもね。あの人はうちの大事なお客さんだから、あんまり悪く言わないで頂戴。
時々わたしが個人的に商品仕入れることがあるでしょ?あれの資金源、ほぼ全部安室だから』


「えっ?あの、先輩が突然大量に高級フードとか持ってくるやつですか…!?」




後輩くんが身を乗り出したところで、「お待たせしました」と安室がドリンクやらサンドイッチやらを持って戻ってくる。最初の怖いスマイルはどこへやら、どう見ても上機嫌でニコニコだった。
「僕のこと調べてたんじゃないんですか?」と安室は後輩くんに聞いていたが、彼一人で調べられる範囲には限界があるだろう。夜中や休日に連れ出してる相手が安室だと分かっていただけでも十分調べられていたと思う。

あんまりいじめないでね、と安室に言うと「はーい」と呑気な声が返ってきた。




『会社である以上、どうしても動物達に使えるお金には限界がある。経費を削ろうとするのはビジネスとして自然なことだしね。
でもわたしはみんなに出来るだけ良い暮らしをしてほしくて、必要最小限のお金だけで回す気はないの。だから安室との仕事でまとまった額を稼いで、それをうちの会社に寄付してる。個人的にね』




後輩くんの言う“ちょっと良い”フードの大量購入もそう、それ以外のケージやおもちゃや首輪を買うのもそう、ペットサロンに行くのもそう。私が個人で勝手に寄付している資金の出所はほとんどが安室だ。
確かに本業を蔑ろにするのは良くないけれど、安室との仕事は本業にとっても大事なことで、この人との仕事を辞めるつもりはない。


安室との仕事をただ単に“副業”としてしか認識していなかったらしい後輩くんが縮こまる。つい先週も、お高い事で有名なドッグフードがたんまり仕入れられたばかりだものね。




「ご……ごめんなさい…」


『大丈夫。この程度のことで怒る人じゃないわ』


「お前なあ…。…まあ、普段聞けない言葉が聞けたから良しとするよ」




「ごゆっくり」と笑顔で言ってから安室が去っていく。これで本当にこの件は片付いただろうか。
ふう、と息を吐いてから足を組み替えると、打って変わって後輩くんは静かにこちらの様子を窺ってきた。




「あの……安室さんが階川先輩より強いって本当ですか…?」


『本当よ。格闘技はあの人から教わったし』


「えっ!! な、何者なんですか?安室さんって…」


『わたしからは、有能な探偵で上司だとしか言えないわね』




彼の努力も秘密も、“男友達”としてある程度は把握しているけども。ビジネスパートナーとしてそれを許可なく明かすことは出来ない。
何も教えてもらえないことを悟った後輩くんは、その後それ以上の追究はしてこなかった。




『じゃ、これで』


「5000円お預かりします。
それにしても、後輩くんは随分お前に懐いてるんだな?…キミ、もしかして沙月のこと好きだったりする?」


「はあ!? そ、そんなんじゃないですけど!?」


「本当かなあ?
まあ、どちらにせよ沙月はあげないよ。沙月が欲しければ、まず僕の許可を取ってもらわないとね」


「…そんな権限、安室さんにはありませんよね?」


「あるよ。僕は沙月の親友なんだから」




「勝手に持っていかれたら困る」とお釣りを渡してきた安室が言う。執着が垣間見える上になんだかモノのような扱われ方だが、ちゃんと“友達”だと言い切ったので一旦良しとしようか。
今日は一人で店番をしている安室の見送りを受けながら、不服そうな顔をした後輩くんと店を出る。


後輩くんに安室への言い分を伝えて満足してもらうために連れてきただけだったのが、思わぬ方向でそれ以上の成果があったかなと、
ポアロから職場へ戻る帰り道で、そんなことを思っていた。






不意に訪れた好機


(私がどう思ってるか、少しは伝わった?)




END.






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