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「さすが、注文通りだな」
待ち合わせ時間の10分前に集合場所へ到着した私に、すでに着いていた安室がそんなことを言った。
よく晴れた、とある休日の昼下がり。先日後輩くんが釘を刺したもののそんなことはお構いなく、今日もまた私は安室に呼び出されていた。
ただし今回は仕事は一切関係なく、100%最初から最後まで遊びの予定で。
「注文って?」
「…ああ、別に大したことじゃないよ。改めて、僕の親友の沙月だ」
『はじめまして。よろしくね』
「「「はじめまして!」」」
顔が見えやすいよう、帽子を取って挨拶をする。その場に元気な返事が響いて自然と頬が緩んだ。
今日の予定は、「仮面ヤイバーショーを見に行きたい子供達の引率をする」こと。
見るからに仲が良さそうな3人はコナン君の同級生らしく、いつもは“少年探偵団”として活動しているのだとか。本当はメンバーにもう一人女の子がいるみたいだけど、仮面ヤイバーに興味がないので今日は来ないとのこと。
すでに知り合っているコナン君以外のみんなが順番に名乗ってくれて、その名前を頭にインプットする。――光彦くん、元太くん、歩ちゃん。
目線を合わせようと身を屈めると、一番手前に居た歩ちゃんがぱちぱちと大きな瞳を瞬かせてじっと私を見つめた。
「ねえ、お姉さんってアイドルだったりする?」
『…え?』
「だって、すっっごく美人さんなんだもん!帽子被ってるのも、顔を隠すためなんじゃない?
あ、それとも背が高いからモデルさんかなぁ?」
『光栄だけれど、どっちも違うわ』
「えー、違うの?じゃあもしかして、安室さんの彼女さん?」
まだ特に何もしていないのに、何故か興味を刺激してしまったらしい歩ちゃんから次々と質問が飛んできて、その中のひとつで一瞬だけ場の空気が固まる。とは言っても私は少し呆気にとられただけで、すぐに笑いながら返事をした。
『ふふっ……安室さん、早速作戦が無駄になってますけど?』
「…おかしいな、今日の沙月にあんまり彼女感はないのに……」
「え、お前ら付き合ってんのか!?」
『違うわ。付き合ってないからこそ、付き合ってるようには見えない格好で来るよう言われてたのよ』
「仲が良いだけで疑われるからね」と、外していた帽子を被り直して立ち上がる。
今日はTシャツにデニム、キャップで髪をまとめたボーイッシュなスタイルで来た。安室が休日にわざわざ呼び寄せる女だ、何も対策を練らなければ一発で「彼女」認定されるだろう。
だからこそ、なるべく女らしさを排除した、かつ“王子”ではない格好で来いというのが安室からの注文だった。
初対面でいきなり“王子”だと男装が趣味だと勘違いされそうだし、そもそも“王子”は仕事の都合上やってるだけの格好だから。私服で、可能な限り女らしさを抜いたらこうなった。
みんなの想像する“安室の彼女”とは程遠い格好だと自分でも思っているが、これでもだめならもうどうやってもだめなのかもしれない。
「お前が美形なのが悪いんじゃないか?」
『その台詞、そっくりそのまま返すわ。貴方がめんどくさい顔してるから、隣にいるだけで疑われるじゃないの』
「めんどくさい顔って何だよ!」
「ま、まあまあ……」
小競り合いが始まり、コナン君が宥めてくれる。相変わらず彼は落ち着いてるようだ。
“少年探偵団”でもきっとリーダー的存在なのだろう。こうして同級生と並んでると、彼の言動だけ突出して大人っぽいのがよく分かる。安室もそんなようなことを言っていたし。
でも特撮のヒーローショーに着いてくるところを見るに、年相応で可愛らしい一面もあるのだろうか。
コナン君に諭された安室がムスッとした表情を引っ込める。
そしていつもの営業スマイルを作り「それじゃあ行こうか」と言うと、子供達がまた「はーい!」と元気良く返事をした。
――
移動のために乗り込んだ電車は想像以上に混んでいた。
というのも、運悪く人身事故で電車が遅れていたところに遭遇したらしく。何もなくとも「休日」で「都内」という人の多い条件が揃っているのに。
おかげで乗り込んだ車両も満員に近くて、探偵団のみんなを見失わないように気を付けながら安室とドア付近で揺られていた。
『すごい人ね……』
「うん、でも見送って間に合わなくなったら困るからな…」
時間に余裕はあるけれど、何本も見送るほどの余裕はない。それにダイヤが乱れてるとなると、次の電車がちゃんと来てくれるかも分からない。多少混んでいても乗れるなら乗るしかなかった。
向かい合わせで立っていた安室はスマホで電車の遅延情報を調べ、私は会場へのアクセス方法を改めて確認する。
その間に電車は次の駅に到着し、私達と同じことを考えているであろう人々がさらにどっと雪崩れ込んできた。
「っ……!」
どうにかして乗ろうとする人達に押され、人の壁が迫る。
徐々に正面にいた安室との距離が詰まり、混雑でスマホ画面を見るのを諦めたらしい彼は私を庇おうとしたのか、私越しにドアに手を着いた。ただ、これがいけなかった。
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