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「そういえば、お前に聞きそびれてたことがあったんだけど」
『…何、急に』
「唐突に思い出した。ずっと聞こうと思ってたんだった」
たまたまタイミングが合ったので二人揃って夕食をとっていたところ、急に目の前のゼロがそんなことを言い出した。
「最近いろんなことがあってすっかり忘れてた」と部屋着でくつろぎモードの彼が続ける。自宅かこの家かくらいでしか見られないであろう貴重な姿だ。別に私にとっては貴重でも何でもないけれど。
わざわざ前置きがあったので若干身構えたが、表情を見る限り深刻な話ではなさそうか。
サラダに伸ばしかけた手を引っ込めて彼の次の言葉を待つ。
「お前、風見と二人で飲みに行ったことがあるんだって?」
『……、ああ…。だいぶ前の話だけど…』
「その時の話を詳しく聞きたいな?」
『………』
「おい、明らかにめんどくさそうな顔をするな」
思わず眉間に皺が寄り、それをゼロに指摘される。深刻ではなかったが面倒そうな話ではあった。その作り笑顔を見れば分かる。
数年も前のことであり、言われて思い出した程度の小さな出来事だが、彼からすれば「ずっと聞こうと思ってた」と表現するくらいには気になる出来事なのだろう。この人が割と嫉妬深いというのはここ最近で分かったことだが、まあ思い返してみれば今までもその片鱗はあったか。特定の人物に執着する面があるようだし。
他愛もない飲み会のことを今更思い出しながら話すのはそれなりに面倒だったが、ここで下手なことをして“隠してる”と思われる方がよっぽど面倒なので、どうにか記憶の片隅にあったその日のことを思い出し始めた。
――
あれは確か、降谷さんと正式に契約をしてから一ヶ月ほど経った頃だった。
『風見さん、お疲れ様です』
「お疲れ様です、階川さん!お待たせしてすみません」
『いえ、今来たところですよ』
駅から徒歩10分程度で行ける落ち着いた雰囲気の和食のお店。その個室を風見さんとの会食用に予約しておいた。
現地で合流してから入店し、案内された二人掛けの席に向かい合って腰を下ろす。
まだ警察の仕事を手伝ったのは数回程度。風見さんと会った回数も片手で数えられるくらいで、互いに距離を測っている状態。
普段接客をしているので人と話すのは得意な方なのだが、彼とは特殊なルートで知り合ったがために、さすがにいつものノリでは話せなかった。
「階川さんは先日の歓迎会でお酒を飲んでいらっしゃらなかったと記憶してますが、全く飲まれないんですか?」
『はい、どうもアルコールの味が苦手で……体質的には大丈夫かもしれないですけどね。
お酒は付き合えないですが、風見さんは遠慮なく飲んでください。あ、今日車だったりしますか?』
「いえ。電車で来たので、せっかくだから少し飲もうかな……」
ややぎこちない会話が続く。
わざわざ風見さん“だけ”を誘ったことにはもちろん理由がある。
長時間この気まずい空気のままなのも申し訳ないので、ドリンクが運ばれてきたタイミングでさっさと本題を切り出すことにした。
「お、お疲れ様です!」
『お疲れ様です。…すみません、急に呼び出してしまって』
「い、いえ。自分は全然構わないのですが…。…もしかして、降谷さんと何かありました?」
『ああ、そういうわけではなく。
今後ご一緒するにあたって、風見さんのことをもっと知っておきたいと思ったのと……降谷さんがどんな人なのか、風見さんからお話を聞きたくて』
――それで、今日お声掛けしました。
乾杯したオレンジジュースを一口飲んでグラスを置く。今日ここに風見さんを呼び出したのは、彼とその上司である降谷さんのことをより深く知っておきたいと思ったからだった。
降谷さんとはスカウトを受けていた期間でかなり打ち解けていた。それこそタメ口を聞けるくらいに。
ただ風見さんとは降谷さん経由で知り合ったきりほとんど話したこともなく、それなのに私は表向きは風見さんの協力者で、今後は風見さんと組むこともあると。
あまり平和な現場ではないので、仕事が本格的になる前にできるだけ彼と打ち解けておかなくてはと考えていた。
そして既に打ち解けているはずの降谷さんについても、よく考えたら“公安警察”としての仕事ぶりはあんまり知らないなと。
役職など基本的な事柄は知っているのだが、先日部下らしき男性からやたらとペコペコされている降谷さんを見て、もっと普段の彼の姿を知っておくべきだと考えた。それを知ってそうなのが風見さんというわけだ。
部外者の私には教えられないことも多いのだろうけど、今回の会食で何となくでもイメージが掴めたら良いなと思う。
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