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「そうですよね。階川さんは降谷さんに私を紹介されただけでしょうから……大して知らない人間と現場に出向くなんて、不安ですよね」


『まあ……本来なら訓練された人しか居ない現場だと思うので、そこにわたしが行くとなると、組まされる風見さんもやりづらいのかなと…』


「…正直な話、かなりイレギュラーな形で、自分もまだ驚いています」




「よく無茶を言う人なんですよ」と、グラスに注がれた焼酎を喉に流し込んで風見さんが溜息を吐く。その疲れたような呆れたような表情が日頃どれほど降谷さんに振り回されているかを物語っていた。
一般人である私を半ば無理やり警察の仕事に引き入れるような人だから、部下にはさぞかし無理難題を言っていることだろう。まだ大して実情を知らない身ながらも、風見さんに同情した。




『あまり無理はなさらないでくださいね。ちゃんと休めてますか?』


「ええ……一応。…いや、本当のことを言ってしまうと、こんなにまともな食事をしたのは三日ぶりです……」


『え?いつもはどうされてるんですか?』


「時間がなければお菓子をつまんで、それ以外は出先で食べるか宅配を頼むことが多いです。
最近仕事が立て込んでて、昨日の夕飯はたまたま家にあったポテチでした…」


『ええ?そんなこと続けてたら身体壊しますよ!
お金なら気にしなくていいですから、今日はお好きなものをたくさん食べてくださいね』


「うう……ありがとうございます。階川さんはお優しいですね…」




ずずっと鼻を啜った風見さんの顔がほんのり赤い。もしかしてそんなにお酒に強くないのだろうか、なんて思いながら刺身をつつく。
口調も表情も緩くなったし、酔いが回っているのは確かだと思うけれど。


それからしばらく料理を楽しみながら風見さんとお話した。
降谷さんよりも年上であること。降谷さんは超人で、組織内で実力で敵う者はまずいないこと。彼をとても尊敬しているが、パシリのような仕事の振り方をするのはやめてほしいこと。しょっちゅう話の途中で電話を切られること。降谷さんともたまにサシで飲みに行くこと。

半分以上は愚痴に近かったが、風見さんが心から降谷さんを慕っていることは話し方や表情でよく分かった。そしてそれは風見さん以外の関係者にも共通認識としてあるのだろう。あの人がいわゆる“偉い人”であることは知っていたが、おそらく私が思っている何倍も重い立場の人間だ。
事情を知っていたらきっと話し掛けることすら躊躇われる。彼が私に「友達」を要求してくる意味を、改めて考えた。


デザートに薩摩芋のプリンが出てくる頃には、お酒の力もあって最初のぎこちなさは完全に消えていた。




「階川さんは聞き上手ですね。すっかり私ばかり話してしまいました…」


『いえいえ、たくさんお話を聞けて楽しかったです』


「…やっぱり降谷さんが選ぶ人に間違いはないですね。
本当は……ずっと、階川さんが羨ましかったんです」


『え?どうしてですか?』


「貴方が来てから、降谷さんはまるで“右腕”かのように階川さんを頼っているので。部下は私なのに……」




「でもそれも仕方ないと思います」と風見さんが苦笑する。

まだ数回しか仕事をしていないのだが、彼にそこまで言わせるような出来事があっただろうか。…いや、素人のくせに降谷さんから一ヶ月に数回も呼び出されていることが既に異例なのか。そうかもしれない。
だとしてもまだ始まったばかりで、全然“右腕”でも何でもない。私が来たところで降谷さんの部下が風見さんであることに変わりはないし、私のせいで風見さんがしょんぼりする必要は全くないので、ここはきちんと否定しておかなければ。




『風見さんには敵いませんよ、わたしは』


「…え?」


『わたしはあくまで協力者でしかない。“右腕”と呼ぶなら、間違いなく風見さんの方が適任でしょう。
そもそも立場が違うので同じ土俵では考えられませんよ。風見さんにしかできないことはたくさんあって、わたしを理由に風見さんが落ち込むようなことはひとつもないです』




今までも、これからも。

そう言って笑い掛けたら、風見さんは少し間を置いた後に「やっぱりお優しいですね」と柔らかく笑い返してくれた。




――




「…ふーん。風見や僕と仕事するにあたっての情報収集か……真面目なお前らしい理由だな」




自分から聞いてきた割につまらなさそうな顔をするゼロ。
内容が平凡過ぎて面白くなかったのだろうか。とはいえ、何かあったらあったで怒るでしょうに。




『逆に何だと思ってたの?』


「別にー。お前に限って変な意味はないと思ってたけど、わざわざ僕を外したことが気になってただけ。二人で飲んでたのもつい最近知ったしな…」


『隠してたつもりはないけど、気を悪くしたならごめんなさいね。貴方が同席すると風見さんが本当のことを話してくれない気がして』


「それはそうだろうな。上司がいる場で本音なんか話さないよ」




ゼロがぐいっと麦茶を煽る。

勝手に部下である風見さんを借りてしまったことは悪かったが、聞き出したかったことを考えるとあれが最善だった。勝手に企画したあの飲み会の許可を降谷さんに取るのもなんか違うような気がしたし、風見さん本人はOKしてくれていたし。


話を聞いて納得はしてくれたようだが、ゼロの顔を見るにまだ不満は残っていそうだった。




「風見に興味があったわけじゃないと分かったから、とりあえずは良しとする。僕のことも知りたがってくれてたみたいだし……でも今後警察の仕事絡みで飲みに行くときは、僕に一報入れるように」


『…普通の飲み会でも?』


「うん。風見にも聞いたけど、お前はどうしたって目を引くからな……今後は僕の名前もちらつかせておこうかと」


『はあ、職権乱用ね…』


「どうとでも言え。今まで何も考えずに自慢してたのはまずかったなー……」




何やらブツブツ言っているゼロに溜息を吐く。たかが食事会ひとつで何かが起こるわけでもあるまいに、何をそんなに気にしているんだか。
この勢いだとそのうち会場にも乗り込んできそうだから怖い。予定にないお偉いさんが突然やって来たら私以外の警察関係者が困惑するだろう。降谷零の“協力者”として、それはどうにか避けなければ。




『全く……これ以上めんどくさい彼女みたいにならないでくださいよ、降谷さん』


「…うーん、もう手遅れかも?」




飲み会で部下が上司にやるように無くなった麦茶を注ぎ足すと、ずっと仏頂面だったゼロがようやくへらっと笑った。
冗談めいた物言いだが、その声はどこか真面目なトーンで。


今後も好き勝手振り回されるんだろうなと、そんな予感に呆れながらもどこか喜んでいる自分がいた。






君の居ない夜の話


(降谷さんに振り回されるの、嫌いじゃないですよ)




END.








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