天竺鹿撫1 - 4
頭を抱えたのは三年後のこと。用向きも伝えられず本部に直々に呼び出された。何も悪いことはしていない。機密事項は喋ってないし、トリガーを一般人に渡してもないし、快楽のままに人を殺してもない。この三年、至って善良な人間として過ごしてきた。誓っていい。
沢村さんが扉をノックするのを後ろで眺めながら胃をさする。ストレスで胃がやられている。胃薬の効きが芳しくないのか、上回るレベルでストレスを感じているのか、はたまたその両方か。わからない。わからないが、こんなにも苦しいのは大学の退学届けを提出したとき以来だったのは確かだ。
「失礼します」
「……失礼します」
沢村さんに続き、入室した旨を言葉に出す。俗に言う”偉い人たち”の視線が突き刺さる。こんなに集まってどうしたというのか。殺すなら一思いに……。そんなことを思いながら、促されるままに席に座る。
「……さて」
『君に来てもらったのは他でもない』みたいなことを言いだしそうな言葉の始め。城戸司令官の一声と共に、私には情報の濁流が浴びせられた。何度聞き返そうか迷って呑み込んだかわからない。『これってすごいとんでもない機密情報ですよね?』と口をはさみかけては唇を噛んで耐えたかわからない。話を聞き終わった私がいの一番に思ったのは、地頭が良くてよかった。だった。
「え、えぇと、つまり……自律するブラックトリガーの監視役に困っていたところに程よく古株で、ちゃんと口が堅い人間が部隊付きオペレーターへの転向の希望届を出していたことを思い出し、これ幸いと頼んだ、と?」
「身も蓋もない言い方をするとそうなるねぇ」
「まぁ、黙れと言われれば黙りますし、監視役になれと言われればなるので大丈夫、ですけど……その、メンバーは……」
「この後顔合わせを予定している。全員がブラックトリガーの身元を理解して隊を組んでいるから、隊内で気を使う必要はない。しかし、いや……実際に話をした方が良いだろう。諸々の書類はまた時間を作って書いてもらうことになる。そのあたりについては沢村くんに」
「はい、お任せください!」
そうじゃない。私が聞きたいのはそこじゃないのに話が勝手に進んでいく。頷いたのは私。多分拒否権がないところまでこの組織に入り込んでしまったのも私。心の中で一つため息をついて、大人の会話を右から左へと受け流した。そうすればあれよあれよという間に顔合わせの時間になったらしく、私は逃げるように会議室から立ち去った。
「あぁ……」
生きた心地がしない。あの会議中に何回死んだだろう。心は強い方だが強心臓と言えるほどではないのに。機密情報の濁流に流された挙句ブラックトリガーと隊を組めとは。中々に酷いことを言う。こういう時に頼れる人もいない。いないんだ……これに関しては機密だから……。医師を目指した身分ではあるが薬剤師ではない。追い胃薬を決め込んで、指定された部屋へと向かう。もう揃っているらしい。あとは私が入ればひとまずこの隊は完成するんだと。
どんな人だろう……悪い人ではないだろうけど、指揮に関して我が強くない人だと良い。私が指揮官タイプだから、同じ指揮官で違う方向性がいると喧嘩しそう。でもまぁ、それぐらいだろうか。どんなクソガキでも、引っ込み思案でも、本音隠しでも、全部何とかしてやろうじゃないの。子どものころから大人の世界で生きてきた女を舐めるなよ。そんな感じで無理やり気力を起こし、扉をノックする。ドアノブに手をかけ、扉を開ける。
__ここが、私のオペレーターとしての開始地点。火呑隊としての始発点。諦めた趣味と実益の、再発点。
(了)